先日書いた健全小説の『蛇の哭く頃に』の続きというか後日話的お見舞いヴァカアポです。
本編読んでない人向けのあらすじ→お兄ちゃん入院した。なんか期待のルーキーヒーローがアポロンフォースに加入した。
☆☆☆
ヴァがお見舞いに来る話。糖度高めですがちょこちょこコメディネタが入る。
――アポロンVIが重傷を負った、それもかなりの……!
そんなニュースが飛び込んできた時、ヴァッカリオは顔を真っ青にして連絡のあった病院へと駆けつけた。辿り着いた先で見たのは赤く光る手術中のランプ、深刻そうな顔をしているアポロンフォースの副官に英雄庁の人間。
まさか、と思いながら祈る様にアポロニオを待つこと数時間……。
幸いにして、命に別状はないと個室に入れられたアポロニオを見下ろして、ヴァッカリオはホッと息をついた。顔色は悪く、まだ麻酔から覚めない兄を横目に、自分のディオニソスフォースを含め関係各所に指示を飛ばしながらアポロンVI不在を埋めるべく、ヴァッカリオは動きだす。
アポロニオが寝ている間に、オリュンポリスの平和が乱されたとあってはならない。ヴァッカリオは目をぎらつかせて立ち上がった。
……のが、だいぶ前のこと。
「わかりましたか!?」
アポロニオがいるはずの個室から、キンキンと響く女性の声が聞こえてくる。あーまたやったな……と思いながら、ヴァッカリオは扉を開けた。
「む、ヴァッカリオ!」
途端、ベッドの上にいたアポロニオが顔を輝かせてヴァッカリオを見てくる。まるで地獄で救世主を見つけたかのような。残念ながら今日のヴァッカリオは救世主ではなく地獄の使徒だ。
「……また脱走した?」
軽く会釈をした白衣姿の女性に聞けば、眉をキッと吊り上げて頷いた。医者にしては少し濃いメイクも、おしゃれなのかじゃらりと音を立てる高級そうな腕時計も、ヴァッカリオから見て若いなぁとしか思えない。
「もう! そうやって脱走して動き回るから、治りも遅くなりますし、検査の項目も増えてしまうのですよ?」
「それはすまないと思っているが、アポロンVIの決済が必要な書類が――」
「なりません!!!」
あの天下のアポロンVIの言葉をぴしゃりと遮った。おお、とヴァッカリオは心の中で拍手をする。当のアポロンVIことアポロニオ本人は首を竦めていた。
「まあ彼女の言う通りだよ。アポロンVIの決済が緊急で必要な書類なんて早々無いはずだろ?」
「う……し、しかし、様々な事務を滞らせるのも……」
「事務が多少滞ったってアポロンフォースはびくともしないでしょうが。そんなヤワな組織を作り上げた覚えがあるとでも?」
ヴァッカリオが畳みかけるように言えば、アポロニオはむぐ、と口を詰まらせてしおしおと頭を垂れた。
「すまなかった、今日は大人しくしていることにしよう」
「今日『は』じゃなくて今日『も』ですからね、本当は!」
少なくとも週末までは絶対安静ですからね! と強く言い渡し、彼女は肩をいからせながらヒールの音を響きかせて去って行った。
「……いやあ、今年の新人は強いねえ」
ヴァッカリオがやれやれ、と言えばアポロニオはさきほど自分を援護してくれなかったことを根に持ったのか、唇を尖らせた。
「本当に頼りになるルーキー達だ。少しばかりネットの繋がるところに赴いて資料を印刷してきただけなのだが……」
「いやいや、それぐらい他の人に頼みなよ」
「機密だからな。人の手を煩わせるまでもない」
「はいはい、それはケガが治ってから言いましょうね~」
再度ヴァッカリオに指摘されて、アポロニオはぐむ、と顔を歪ませた。まあ、これ以上アポロニオを責めるのもヴァッカリオとしてはやりたくないところだ。苦笑を零して、ベッド脇の椅子に座る。
アポロニオのワーカーホリックは直らない、と言うより、本人の中で「この程度、大した怪我ではない」という意識がすっかり定着してしまっているのが原因だ。普通の人間なら死んでいてもおかしくない重傷だというのに!
「まあ新人の顔を立ててさ、大人しくしてなよ。大丈夫だって、お兄ちゃんの抜けた穴はおいらが埋めてるし」
「……しかし」
こうして愚図っているアポロニオを宥めるのも、ヴァッカリオは意外と好きだ。こういう態度を見せるのが自分の前だけだと思うと、不器用ながらも甘えられてるのだなあと実感してついついテンションが上がってしまう。
そして愚図っているアポロニオに一番効くのは、やはり弟フェイスの弟ボイスだろう。
「お兄ちゃん、おいらのことそんなに信じてくれないの? おいら頑張ってるよ?」
きゅるん、とでも効果音がつきそうなほどに悲しそうに目を伏せて器用にアポロニオを上目遣いで見ながら、ヴァッカリオは泣きそうでありながら最高に甘えた声音でそう言った。弟歴30年オーバーのベテランが繰り出す対アポロニオお兄ちゃん専用必殺技である。
「ぐっっっっ!!! そ、そうだな、ヴァッカリオに任せておけば安心に違いない!」
「じゃあ仕事しないで大人しくしていてくれる?」
「ああ、ああそうしようとも! もちろん、何かあったら私を頼ってくれて構わないからな?」
「うん、お兄ちゃんのこととっても頼りにしてるから!」
にこーっと笑顔を浮かべてやれば、アポロニオはぐはっと胸を押さえてベッドに倒れこんだ。よし、討伐完了。今回も優しいクエストであった。
ヴァッカリオが少しばかり羞恥に身を焼かれて夜に思い出して奇声を上げながらのたうちまわることになろうとも、それでアポロニオの絶対安静が守られるのなら安いものだ。
「ヴァッカリオ、こっちへ」
「なに?」
一通り悶え終わったアポロニオはヴァッカリオを手招きする。なんだなんだ、キスの一つでもしてくれるのか? と意味もなくヴァッカリオは自分に都合の良い妄想をしながら近づく。
アポロニオは利き手の左手を伸ばそうとして、うまく動かないことに気づいてから右手を……出そうとして、ヴァッカリオに届かないことに気づき、顔をしかめた。
仕方ないな、とヴァッカリオはさらにアポロニオに近づいて、ほぼ押し倒すような姿勢になりながらも優しくアポロニオに抱き着く。
「お兄ちゃん」
そうして耳元で囁いてやれば、アポロニオは嬉しそうに「ヴァッカリオ」と名前を呼びながらヴァッカリオの頭に手を埋めた。ふわふわとした茶色い髪を手で撫でながら、胸元にヴァッカリオの頭を抱き込む。抱き込まれたヴァッカリオは薄い病院着から覗くアポロニオの肌色に目が釘付けになっていた。
「ヴァッカリオには迷惑をかけるが、しばらくよろしく頼むぞ」
「んん、迷惑じゃないよ、気にしないで」
よろしくない煩悩に支配されかけていたヴァッカリオは小さく咳ばらいをして意識を元に戻し……きれなかった。こちとら、そろそろお兄ちゃん不足の禁断症状が出そうなのだ。目の前にある胸につい吸い付きたくなるが、ぐっと我慢して兄吸いをするに留めておく。
いつもなら太陽のあたたかな香りと清潔感のある石鹸の香り、そしてどこからともなく香る優しい甘い匂いがするはずなのだが、今日はツンとした消毒液と、まだ塞がり切っていない傷口からかすかに臭う血の香り、それから薬っぽい匂い。
うーん、と思いながらも、これもまた戦う兄の香りなのだと思えば、やはりヴァッカリオにとって尊い匂いに違いなかった。
「……お兄ちゃん?」
などと自分がスーハーしている頃、ふと気づけば何やらアポロニオの鼻息が荒い。まさか体調の悪化か!? と思ったものの……いや違うなこれは、とヴァッカリオはすぐ気づいて目を細めた。そう、この呼吸の感覚……貴様、吸っているな!
自らも兄吸いをするからわかる! このアポロニオは吸っている、この俺を! 弟吸いだ!
そう思ったら途端に体をひっぺがしたくなった。やる方は最高の気持ちだが、やられる側としてはたまったものではない。
……が。
「ん……ヴァッカリオ、いい匂いがするな、シャワーを浴びてきたのか?」
「……まあね、重傷患者の病室にお邪魔するわけだし」
「ハハハ、そんなに気を遣わなくても良いのだぞ」
そうやって嬉しそうなアポロニオの声を聞いていたら、吸われることぐらい我慢しても良い気がしてきた。
普段から仕事に家事にヴァッカリオの世話にと大忙しなアポロニオだ。休むよりも動いている方が好きな人が、こうしてベッドに縛られて身動きが取れなくなっているのだから、ストレスも溜まっているのだろう。
アポロニオが満足したのか、ヴァッカリオの頭から手を離したのを確認してからヴァッカリオは体を起こした。そのまま、アポロニオの額と鼻先にキスをする。口はやらない、今の重傷っぷりで得体の知れない病原菌でも口移ししたら後悔してもしきれない。
「退院したら、まだしばらく自宅療養期間あるでしょ? 天気の良い日に公園でゆっくりピクニックしようか?」
「それは名案だな! ……しかし、休みは取れるのか?」
「大丈夫だって。なんだかんだいって、エウブレナやネーレイスも立派にゴッドナンバーズとして働いてるしね」
アレイシアの名前はそっと置いておいた。まだ自前のフォースを持っていない彼女は、今日もオリュンポリス中を走り回って人助けに勤しんでいるはずだ。
それを聞いて、アポロニオは穏やかに「そうか」と言って目を細めた。
「だから早く退院してよ。ウェスターに手伝ってもらってるけど、うち、いろいろ家事が滞っててヤバいんだって」
「! ……ハッハッハ、ゴッドナンバーズの仕事よりそちらの方が急務か!」
「そうだよほんと急務! マジでやばいんだって!」
「それは、早く退院しなければならんな」
ほんとだよ、とヴァッカリオは迫真の声で言った。アポロニオがいない部屋は僅か3日で汚部屋となりかけ、慌ててウェスターに応援を頼んだのも記憶に新しい。
アポロンVIは代替わりもするし、ゴッドナンバーズは他に12人もいる。だけど、ヴァッカリオの世話をしてせっせと青空の下に洗濯物を干して、いい匂いをさせながら食事を作ってくれるアポロニオお兄ちゃんの代わりはいないのだ。
「早く元気になってね」
ヴァッカリオは目いっぱいの親愛の情を込めて頬にキスをすると、アポロニオはやっぱり嬉しそうに笑った。
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