付き合ってないと思われるヴァカ+アポ。ヴァッカリオが悪夢を見て子供返りしちゃうような話です。たぶん。冒頭から嘔吐シーンあるので若干注意。実質お兄ちゃんからのプロポーズ。※両親死んでる設定です(書くの忘れてた
「!!」
魘されつつも寝ていたヴァッカリオはベッドから飛び起き、口元にせり上がるものを感じてトイレへと駆け込んだ。
「ゲェッ、お゛えっ……」
夕食に食べたあんなに美味しかった兄の手料理が、中途半端に消化されたグロテスクな汚物となってトイレの水に落ちていく。ひとしきり吐いた後、もったいない、と涙の滲む視界でヴァッカリオはトイレの洗浄レバーを引いた。音と共にそれらは流されて消えていく。
「――ヴァッカリオ!?どうした!?」
夜にも関わらず持ち帰りの仕事がある、と言って書斎にこもっていたアポロニオが慌てた様子で出てきた。それはそうだろう、寝室からトイレまであれだけ音を立てて走ったし、トイレのドアは開けっ放しだったから吐瀉物の音が部屋中に響き渡っていたはずだ。
「あー……ごめん、なんでもない、ちょっと気持ち悪くなっちゃって……」
「……とりあえず、ソファに座るといい」
ヴァッカリオの手を取ってソファに座らせると、リビングの電気を点けてからアポロニオはキッチンへと足を向けた。水を持ってきてヴァッカリオに渡すと自身も隣に座る。
「ひどい顔をしている」
「そんなに?ごめんね、夕飯全部出しちゃった」
「料理なんてまた作れば良い……おいで」
がっくりとうなだれるヴァッカリオの頭を撫でてやりながら、アポロニオがそっと寝ぐせのついた頭を抱き寄せる。小さくて薄い兄の肩に頭を預けて、ヴァッカリオは一つ息を吐いた。
アポロニオは無言でヴァッカリオの頭を撫でているだけだ。静かなリビングで、時間だけが過ぎていく。
「空きっ腹で寝るのも微妙だろう、何か軽く飲むか?」
何が飲みたい、と続けられてヴァッカリオは目を閉じたまま一瞬だけ考えて、思っていたことをそのまま口に乗せた。
「……パワフルワン」
「それは……酒だったか、それはうちにはないな」
やっぱりね、と思いながらヴァッカリオは目を開けた。そもそも、アポロニオはヴァッカリオが浴びるように酒を飲むことを快く思っていないはずだ。
「じゃあ、ホットミルクでも……」
「いや、待て、確かパワフルワンならその辺のエリュマで売っていたはずだな。買いに行こう」
思わず、アポロニオの肩から身を起こして兄の顔をまじまじと見る。
「いいの?」
「いいさ、それぐらい。私は酒のことはわからんが……お前が飲みたいなら、飲めばいい。それで安眠が得られるなら安いものだ」
そう言ってアポロニオはソファから立ち上がった。びっくりした顔のままアポロニオを見上げるヴァッカリオの汗ばんだ額にキスを落とす。
「ま、待って、買い物行くの、おいらもついてっていい?」
「もちろん。お前の好みもあるだろうから、自分で選べば良い」
しん、と静まり返ったアポロンシティの道を、二人で手をつないで歩く。手を取ってくれたのは、アポロニオの方だ。ヴァッカリオより少しばかり温かく、子供のような手だから、手をつなぐとどうしてもヴァッカリオが包み込むような形になってしまう。今は、その手の中の温かさがヴァッカリオにはとても心強く思えた。
アポロニオの家から最寄りのエリュマまで、歩いて5分程度だ。道中、特に何もしゃべることもなく黙々と歩く。
エリュマには店員が暇そうに夜の清掃をしているだけで、誰もいなかった。
「これがパワフルワンと言うものか……何本必要だ?」
「な、何本……ええっと……と、とりあえず、ケース買いでいいかな」
「ふむ……酒を飲むならツマミが必要ではないか?」
「いや、おいら、そんなに食べながら飲むタイプじゃないから……」
そうなのか、と不思議そうな顔をしたがアポロニオは何も言わずパワフルワンの6缶入り1ケースを商品棚から取り出した。それから、アポロニオはプリンを一つ持つとレジへ赴いて清算を済ませる。どうやらヴァッカリオに奢ってくれるようだ。
来た道を戻りながら、ヴァッカリオは何とも言えず兄の顔をつい、じろじろと見てしまった。
「……なんだヴァッカリオ、人の顔を眺めて。何かついているか?」
「いや、何もついてないけど……」
そう言って俯くヴァッカリオを下から見上げるようにしたアポロニオは優しく微笑んだ。
「昔は、怖い夢を見ればすぐに私に飛びついて来たのにな。今では、パワフルワンがその代わりということなのだろう?……私としては、あまり、そういう酒には良いイメージをもたないのだが……それがお前の生活だと言うなら否定はしないよ」
思わず、ヴァッカリオは足を止めてしまった。手をつないでいるから、アポロニオもそれに合わせて足を止める。どうした?と聞いてくる兄に何と答えたら良いかわからず、結局、ヴァッカリオはなんでもない、としか言えなかった。
部屋に戻ってソファに二人で座ると、さっそくヴァッカリオはパワフルワンを開けて一気に呷った。その様子を、アポロニオが隣で何を言うでもなく見守っている。
別に、パワフルワンが美味しいというわけではない。単に、安価で簡単に酔えるから、好んで飲んでいるだけだ。いわゆるヤケ酒、だけれども、ヴァッカリオにとってはそれよりももう少しばかり重いモノだ。
嫌な夢を見れば飲んで意識を飛ばすし、嫌なことを思い出せばやっぱり飲んで脳の動きを止めてしまう。そういう時にこれはとても便利だ、と10年の間で体を持ってヴァッカリオは学んだ。
1本をほぼ一気飲みの勢いで消費すると、すぐに2本目の缶を手に取り、こちらも同じような勢いで。半分ほど消費したところで、一度テーブルに置く。
「お兄ちゃん、塩ってある?」
「あるぞ」
何の文句も小言も言わず、アポロニオは塩の小瓶と小皿を持ってきた。皿に塩を振り出して、指先につけてはペロリと舐める。とんでもなく行儀の悪い行為だが、それでもアポロニオは怒らなかった。ただ、優しい微笑みを浮かべて静かにヴァッカリオを見守っているだけだ。
「あのね……」
「なんだ?」
ぽつり、と呟いたヴァッカリオの声をしっかりと拾い上げ、アポロニオはゆっくりと返事をした。だけれども、そのあとにヴァッカリオの言葉はなかなか続かなかった。静かなリビングには、アポロニオがプリンの封を開ける音だけが生きている。
ヴァッカリオはパワフルワンを一口、飲んだ後、ようやく、本当にようやく口を開いた。「悪夢を見たんだ」と、ぼんやり、テーブルの上を見つめながら。
「悪夢、よく見るんだ、ひどい夢なんだ。……クリュメノスを、殺してしまった、あの時のこと」
「……うん」
「それで、実はクリュメノスが生きていて、なんだ良かった、クリュメノス死んでなかった!やったあ!!って」
「うん」
「ごめんねって謝って、クリュメノスもおいらのこと仕方ないな笑ってくれて。お兄ちゃんも一緒にいて、じゃあ、打ち上げで三人でご飯食べに行こうって」
アポロニオは相槌をしなかった。代わりに、ヴァッカリオの瞳からひとしずくの涙が音もなく頬を伝っていった。
「でもね、そうやってお店に着くと、やっぱクリュメノス死んでるんだ、あれ、やっぱり死んでるじゃん、おいらが殺しちゃったんだ、って思って、すごく苦しくなって、それで、一緒に来てたはずのお兄ちゃんもどっか行っちゃって、電話しても出てくれないし、でも目の前には三人分の料理もあって、おいら、一人でビールジョッキ持ってて……」
「ヴァッカリオ」
「どうしようって……目が覚めたら、やっぱ、クリュメノス死んでるし……生きてるわけないんだ、だって、あの時、おいらが……」
「……ヴァッカリオ、おいで。本当にひどい夢を見たんだね」
パワフルワンを持つ手が尋常でなく震えているのを、アポロニオはそっと抑えて、ソファの上に膝立ちになるとヴァッカリオの涙に濡れた顔を抱え込んだ。
「とてもつらい夢だね」
「お兄ちゃん……だって、クリュメノス生きてる!って、夢の中だけど、おいらそう思っちゃって、死んでなかったんだ!って……」
それはどれほどに辛く、残酷な夢なのだろう。
ヴァッカリオの持つ、奇跡を願う欲望が見せた夢。どうあがいても、クリュメノスはすでに死んでいる。だというのに、ヴァッカリオは夢の中でだけ、「彼が生きている世界」を構築し、そしてその瞬間だけ、幸福を味わうのだ。
しかし、夢は覚める。死んでいる、という現実をヴァッカリオの脳が訴え、そして、幸福から絶望へと、真っ逆さま。
「夢なんて、見るの止められないし、でも一瞬だけでもクリュメノスにまた会えるし、だから、お酒たくさん飲んでて、ねえ、お兄ちゃん、もうやだよ、お兄ちゃんも夢の中でどっか行っちゃうんだもん、もうどこも行かないでよ、一人にしないでよ」
「うん、私はもうどこにも行かないよ」
「ああ、でも、逆なんだ、おいらがお兄ちゃんを独りにしちゃうんだ、だって、たぶん、おいらはお兄ちゃんより早く死んじゃうもん、やだ、死にたくない、もっとお兄ちゃんと一緒に生きたい、クリュメノスとまたご飯食べたい」
「……うん」
一度、漏れ出した涙も言葉も、止まることを知らず、ヴァッカリオはただ心のままに涙と言葉をまき散らした。
どんどん、内容は支離滅裂になっていき、子供のわがままのようなことを喚き始めたヴァッカリオをアポロニオは時折相槌を打ち、慟哭する弟の背中をぽんぽんと軽くあやしてやるだけだ。
「パパとママに会いたい、おうちに帰りたい……パパとママがいて、学校から帰ったらお兄ちゃんが一緒に宿題やってくれて、それで夕飯のハンバーグ食べて、お風呂で水鉄砲で遊んで、お兄ちゃんと一緒に寝たい」
「うん」
「おうちにかえりたい」
しゃくり上げながら、ヴァッカリオはアポロニオの顔を見上げた。アポロニオはポケットからハンカチを出して、ヴァッカリオの涙と鼻水を拭いてやる。
「……おうちにかえりたい」
「うん」
ヴァッカリオはテーブルに目を戻すと、アポロニオが手から取り上げていたパワフルワンの缶をまた一気飲みした。パワフルワンを飲んだところで、涙が止まるわけでもないし、アポロニオにぶつけた言葉が戻るわけでもないし、クリュメノスは生き返らないし、「おうち」にも帰れない。
「ごめん、変なこと、たくさん言った」
「……変ではないよ、ヴァッカリオ」
「泣いたって、喚いたって、何にも叶いっこないのに……」
ヴァッカリオは子供のようにしゃくり上げながら、3本目のパワフルワンに手を伸ばした。だいぶアルコールが回ってきている自覚はあるが、意識を飛ばすにはもっともっと、必要だ。何にも考えなくて済むように、頭が真っ白になるにはまだまだ。
「そうだな、泣いて喚いてもクリュメノスは生き返らないし、私たちの両親も生き返らない、お前の寿命が短いのも治らない……だけど」
言葉を切ったアポロニオはヴァッカリオを顔をじっ、と見て、柔らかく笑いかけると続きを話した。
「だけど、『帰る家』はこれからまた新しく作れば良い。私はもうどこにも行かないし、ずっとお前のそばにいてやれる。こちらの家でも、お前の家でも、なんなら新しい一戸建てを借りてもいい。……また、二人で、新しくやり直して、新しく思い出を紡いでいけばいい」
そうだろう、ヴァッカリオ、と殊更に笑みを深めて、アポロニオは言い切った。
「新しい、家」
「そう。新しい家には何が欲しい?昔の家にあったようなカーテンや、ベッドを揃えてもいい。まあ、お前はずいぶんと大きくなってしまったから、ちゃんと大人用のベッドにしないといけないが」
アポロニオはヴァッカリオの手を両手で包み込み、まるで祈るように首を垂れて続ける。
「それで、一緒に宿題……はないから、一緒に仕事をして、一緒に夕飯を食べて、一緒に風呂に入ろう。水鉄砲は買っても良いかもしれないな。そうだ、お前が好きだったアヒルの人形も揃えよう。のぼせない程度に遊んだら、髪は私が乾かしてやる。それから、一緒にベッドで眠ろう。もし、お前がまた悪夢を見た時のためにパワフルワンも冷蔵庫に常備しようじゃないか」
「お兄ちゃん……」
「夕飯は、お前が好きなものにしよう。何がいい?ハンバーグか?エビフライか?オムライスも好きだと言っていたな。卵焼きだって私が作ってやれる。ああ、お前が最近、好きになった料理とかがあれば、それも練習しよう。そうやって、日々を過ごして、クリュメノスの命日になったら、一緒に墓参りに行こう。彼は生き返らないけれど……私たちの、思い出の中ではずっと生きている」
もちろん、パパとママの墓参りも一緒に行こう、とアポロニオは顔を上げると、はにかんだような笑みを浮かべてヴァッカリオを見つめた。
「私たちがいる場所が、お前の帰る場所になるんだ、ヴァッカリオ。どれだけの時間をこれから一緒に過ごせるかはわからないけれど、それでも……お前の願いは、叶えることができるはずだ」
「……うん」
長いアポロニオの話を、最後まで黙って聞いてたヴァッカリオはどうにか、短い返事だけをして兄の体に抱き着いた。さきほども相当、涙で服を汚してしまったが、また、涙がどんどん溢れてきて止まらない。
「……できれば、悪夢を見た時は、パワフルワンではなくて私を頼って欲しいが」
「りょうほう、ほしい」
「そうか。新しい家には両方用意しておくことにしよう」
「ごはん、オムライスがいい」
「わかった。また一緒に買い物に行こう」
「たまごやきも」
「ああ、もちろん」
アポロニオは自分の胸に顔を押し付けて泣きじゃくるヴァッカリオの髪を優しく梳いてやった。
これだけの弟の悲しみと絶望を、少しでも癒してやりたいとアポロニオは思っている。10年の間、お互いに傷つけあってしまった、その辛さをアポロニオはヴァッカリオの言葉で救ってもらった。この先、どれほど弟と一緒にいられるかはわからないが、少しでも、1日でも多く、ヴァッカリオには笑顔でいてもらいたい。
「また、これから始めていけばいいんだよヴァッカリオ。私たちは生きているのだから」
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