君と私のラブゲーム - 1/2

恋愛アバターゲームにハマったお兄ちゃん、ゲーム内で結婚した相手と初めて会うことになりドキドキしながら待ち合わせ場所に向かったらにっこり笑顔のヴァッカリオがいましたとさ、なヴァカアポ。Web拍手のお礼用に書いてたらめちゃくちゃ長くなったので普通に投稿。
 

 
 
アポロニオは今、オリュンポリスで流行っているとある「恋愛アバターゲーム」にハマっている。ガチャを回して衣装を揃えてお着換えを楽しみ、ゲーム内の他ユーザーと交流して遊ぼう!というゲームだ。
 
そんな女性向け、それも恋に夢見る少女が好きそうなゲームになぜアポロニオが手を出したかと言えば。新入りゴッドナンバーズの三人娘と友好を深めるべきでは……?という発想を、たまたま現世に遊びに来ていたクリュメノスに相談したからであった。
 
クリュメノスもといハデス神は大層にやにやとした笑みを浮かべて、このゲームを教えてくれたのだ。何やら、エウブレナの年頃の女性に流行っており、あのアフロディテIXもイラストのデザインにかかわっているのだとか。
 
そこからおじさん二人でゲームをインストールしてチュートリアルをあーだこーだ言いながら行い、お互いにフレンドになったところで解散となった。冥府からソシャゲができるのだろうか?とアポロニオは不思議がったが、なんだかんだでクリュメノスの最終ログインが毎日24時間以内と表示されているから律儀に遊んでいるのだろう。
 
そういうわけでアポロニオはこの年にしてまさかのソシャゲ、それも恋愛アバターゲームという摩訶不思議なものに手を出したのであった。
 
「今日のデイリークエストは、と……」
 
ゲームを起動して、日課になったクエストの確認をする。複雑な操作もなく、クエストと言う形で目標がはっきりと示されて、ポチポチタップしているだけでクリアできる達成感が味わえる……そんなゲームが、意外とアポロニオの性に合ったらしい。
 
コツコツとデイリークエストをこなして貰ったクリスタルでガチャを引き、衣装を集める。ファッションなんてアポロニオにとっては疎いにもほどがあるジャンルだったが、何を着せ替えても「それなり」に見えるのだからありがたい。他の人を見れば、ふざけているとしか思えないコーディネートの人もいて、それがまたアポロニオの心を軽くさせた。
 
アポロニオは十代の頃から体型が一切変わらない。だから、普通の人が年相応のファッションを身に着けていくのに対して、アポロニオはもう何十年も同じファッションセンスでいる。流行り廃りはあれど、ヒーローとして動きやすさをメインにした服となるとだいたい、変わらないものだ。
 
そんなアポロニオにとって、タップ一つで体型も髪形も顔のパーツも、ころころ変化してくれる。しかも、それが「あなた自身です」と言ってくれるゲームは非常に新鮮に感じたし、どことなく自分の持ちえない何かを埋めてくれるような気がして、アポロニオはすっかりゲームにハマっていった。冥府にいるクリュメノスが「意外とアポロニオくん楽しんでるんだなあ……」と思うぐらいには、アバターを弄ったり新作のガチャを回したり。
 
挙句の果てには。
 
「お……メッセージが来てる……」
 
『お仕事お疲れ様、今日は定時で帰れた? 俺はもう帰ったよ』とアポロニオの「結婚相手」からメッセージが届いていた。その優しい言葉にアポロニオは嬉しさとわずかなドキドキを抱えて、ポチポチとメッセージを打ち込む。
 
「今日は、私……じゃなかった、俺も、家に着いてる、と。お仕事お疲れ様……これでよし」
 
ゲーム開始時にクリュメノスから「アポロンVIってバレたらマズいから個人情報は絶対漏らしちゃダメだし、一人称とか喋り方も変えた方がいいよ」とアポロニオはアドバイスを受けていた。そのとおりに、ゲーム内でのアポロニオの一人称は「俺」だ。ほとんど使った事がないその文字を打ち込むたびに、何となく気分が高揚してしまう。
 
(なりきり、が楽しいという人間の気持ちが今ならわかるな……)
 
たまにそう言った手合いの犯罪にもかかわってきたアポロニオは到底、犯人の考え方を理解することができずにいたのだが。今なら、「男と言う自覚を持ちながらあえて女装するヴィラン」の気持ちも理解できそうな気がする。
 
夕飯の準備をしながら、合間合間に相手にメッセージを送る。この「結婚相手」と言うのは、クリュメノスではない。ゲーム内で出会った、どこの誰とも知らぬ人間だ。
 
恋愛ゲームを謳っているだけあって、「結婚クエスト」というものがありアポロニオはそれをクリアできなくて困ってしまったのだ。そこに現れたのが、今の結婚相手。「クエスト目当てで結婚しよう」というリアルなら怒られそうな文言が飛び交う掲示板を覗いて、アポロニオが意を決して書き込みをしたところ、この相手が返信をくれたのだ。
 
そこから、いわゆるビジネス結婚をした二人。二人用のクエストを着々とこなしつつ、ゲームの攻略情報をお互いにやり取りしつつ……たまに、今のような雑談も。結婚相手と言うより、友達のようなものだが、仕事人間で立場の関係もあって友人と呼べる人間がほとんどいないアポロニオにとっては、とても貴重な相手だった。
 
相手もヒーローをやっているらしく、アポロニオも自分がヒーローであることは伝えてある。が、もちろん、お互いどこのフォースに所属しているか、何の神話還りか、と言った話はしていない。……クリュメノス曰く、「相手が言ってきた内容が全部本当とは限らないからね」という注意も、アポロニオはしっかり覚えている。
 
もしかしたら彼……いや、それすら違っていて、彼女かもしれないが、とにかく、相手がヒーローであるという保証もない。ただ、ここ数か月やり取りしていて、アポロニオは相手の事をずいぶんと信頼していた。確かに友情を感じてはいたし、ゲームのシステム上、二人は恋愛関係にあるという前提で各クエストや機能を使う羽目になるので……そこに、友情を超えた淡い恋心は一切ない、と断言はできなかった。まあ、アポロニオはその小さな芽生えすら自覚はしていなかったが。
 
食卓に一人分の料理を並べて、端末を隣に置いてから食事を始める。食事中に端末はいじらない、さすがにマナーが悪いだろう、と一人の時でもアポロニオは気を付けている。それでも、メッセージが届いた通知音がすると、ついそわそわしてしまうのだ。
 
そそくさと食事をして、食器を片づける前に先にゲームを起動。他愛無い会話の終わりは、「今から夕食にするんだ」というアポロニオからのメッセージだったはず。
 
『一人の夕食って、寂しいよね。今度、どっかで夕食でも食べに行かない?』
 
アポロニオはそのメッセージに首を傾げた。このゲームに、デートスポットはあれど「夕食を食べる」スポットはなかったはずだ。いや、あの有償クリスタルを使って入る特別なレストランの事だろうか?
 
そう思って、アポロニオはそのことをポチポチと打ち込んで返事を待った。返って来た内容は――
 
「リアルで会おう……リアル??」
 
残念ながらアポロニオはソシャゲどころかオンライン初心者であったので、相手の渾身のお誘いに首をひねるだけだった。とりあえず、わからないことがあったら何でも聞いてよね、と言ったクリュメノスにかくかくしかじか、メッセージを送ってみる。今、冥府が何時か知らないが、まあ起きているだろう。
 
クリュメノスからの返事を待つ間に、アポロニオは食器を片づけて風呂の準備をする。相手に言われた「一人の夕食は寂しいよね」という言葉がぐるぐるちくちく、胸を刺してくる。ヴァッカリオが家を出てから、アポロニオはずっと一人で自宅の夕食を味わってきた。外食はほとんどしない、忙しいというのもあるし、あまり外で食事をするとマスコミや市民が騒ぐからだ。
 
別に騒がれること自体は気にならないが、結果的に飲食店に迷惑をかける形になってしまうことが多いので、アポロニオも外食は控えている。行くとしても、すこしばかり形式ばって人が少ない、隠れ家的な店程度だ。
 
ひととおり、就寝前の準備を終えてからアポロニオはソファに座って端末を手に取った。クリュメノスから返事が来ている。
 
「なになに……」
 
リアルで会おう、とは。クリュメノスの解説を読み続けて、アポロニオはふと、自分の頬が赤く火照っている事に気が付いた。それを知覚した瞬間に、急に心臓の鼓動が早くなり、ドキドキが止まらなくなる。
 
テーブルに端末を置いて、アポロニオは頭を抱えた。リアルで会おう……つまり、ゲームではなく、実際に会ってみないか、というお誘い。
 
「そんな事を言われても……」
 
アポロニオはあくまでもゲームとしてやっているわけで、そもそもアポロンVIとして明らかに顔が知れ渡っている自分が、迂闊に会えるわけもない。わざわざ、一人称や話し方を変えるという努力もしてきたのだ。
 
それとは別として、この「結婚相手」に会ってみたい、という思いもある。いつも優しく、様々な事を教えてくれて、気遣ったメッセージをくれる相手に。彼(彼女?)のさりげない優しい言葉のおかげで、疲れた時でも癒されてきた。時に、ガチャでお目当てが出ないと一緒に騒いだり、同じ「おそろアバター」を入手したから、揃えて一緒に着替えてみたり。思い返してみれば、出会って数か月とは言え、とても良い関係を築いてきたと思う。
 
そう考えて、アポロニオは自分が案外、人恋しい気持ちを抱えていたのだな、と苦笑した。ヴァッカリオと仲直りしてそれなりにお互いの家を行き来して、仕事以外の安らぎも得たというのに。
 
どう返そうか、と悩みながらゲーム内のメッセージを確認すれば、相手からは『お互いヒーローだし、そういう話もできたらいいな、って思うけど』『逆にヒーローだからこそ、顔出しで会えない、って言うのもあると思うから』『無理しなくていいよ、ごめんね』と立て続けにメッセージが届いていた。
 
ごめんね、と言われると、アポロニオは弱い。人からお願いされたり、頼られたりすると応えたくなってしまう人間なのだ。だからこそ、アポロニオはアポロンVIとして長らく市民に頼られる存在として君臨している。
 
「うう……参った」
 
アポロニオは散々に迷った挙句、一度棚上げして風呂に入ることにした。クリュメノスからのアドバイスは、「アポロニオくんの思うとおりにしたらいいよ」というだけ。アポロニオの決心を後押しするような内容ではない。
 
実際に会って顔を見れば、自分がアポロンVIだとすぐにバレるだろう。果たして、ヒーローだと言っていた相手が自分の真の姿を見て、これまでと同じように接してくれるだろうか。相手とのやり取りを見る限り、どことなく、こっちの事を「年下」と思っている節がある。きっと、ゲームのやり方を教えて欲しい、と何回も頼んだから手間のかかる後輩ぐらいに思っているのではないか。
 
そう思っただけで、アポロニオは湯船にずぶずぶと沈んだ。実際に会ってみれば、ヒーローの頂点に立つゴッドナンバーズ、それもトップと言われるアポロンVI。実年齢は40をとうに超えたおじさん。
 
あのようなゲームをしているのだから、相手は間違いなくアポロニオより年下だろう。もしかしたらそれこそ、エウブレナ達と同じ年代の可能性だってある。
 
(引かれてしまわないだろうか……)
 
相手が時折見せる年下扱いや可愛がる態度を思えば。アポロニオが実際に会ったら絶対にイメージと違うと言われてしまうだろう。可愛らしいアバターアイテムを「似合うと思うよ」と送ってくれたり、「こういうの好きじゃない?」とゲーム内のデートスポットに連れ出してくれたり。……思い返してみれば、どうも相手はアポロニオの事を「彼女」としてエスコートしてくれていたように思う。気づくのが遅すぎた。
 
アポロニオはすっかりその扱いに乗ってしまったし、それで大いに喜ぶ姿を見せてきた。それは嘘ではない、アポロニオの本当の気持ちだ。だが……彼女扱いして可愛がっていたのが、アポロンVIだと知ったら? 子供の様にはしゃいでた中の人間がアポロンVIだと知ったら?
 
湯船にたっぷりと沈んだ後、アポロニオは肩を落として風呂から上がった。断るのも申し訳ないが、実際に会うのはもっと申し訳ない。やはり断ろう、とバスタオルを首にかけたまま、端末を手に取る。
 
『返信ないけど、嫌な気持ちになっちゃった? ごめん! 俺が変な事言っちゃったせいで……上のこと、忘れてくれると嬉しいな』
「う゛っっっ」
 
新着メッセージを読んで、アポロニオは胸を抑えた。罪悪感がふつふつと湧き上がる。
 
そもそも。そもそも、だ。相手はアポロニオが一人で夕食を食べる事を可哀そうに思って、元気づけようとしてくれただけ。そのような好意を踏みにじる真似は……到底、アポロニオにはできなかった。断ろうと思っていた気持ちが百八十度回転し、会ってみよう、に切り替わる。
 
とりあえず、会う事には前向きだが実際に会ったらイメージと違うかもしれない、幻滅するかもしれない、と言い訳の様にメッセージをいくつか送る。
 
『大丈夫だよ、どんな人が来ても驚かないって笑』『だってこれだけゲームで一緒に楽しく遊べてるんだから』『きっと俺たち相性いいと思うよ』『メッセージだけでもちゃんと君の人柄伝わってきてるし』
 
相手からすぐに返事が来た。そしてそのどれもが、アポロニオを気遣い、元気づけようとする言葉の数々。
 
「うぐっっっ」 
 
すでに寝室にいるアポロニオは、枕に顔を埋めてじたばたした。じたばた。途方もない罪悪感と共に、相手の優しさに触れてドキドキした気持ちも止まらなくなる。会ってみたいが、幻滅されるのは怖い。
 
クリュメノスが聞けば、アポロニオくん恋しちゃって~と揶揄うところだが。アポロニオ単体ではそのような事実にはまるで辿り着かない。恋愛偏差値30の男は伊達ではなかった。
 
その後、何回も言い訳をするアポロニオを相手は励まし、最終的になんと明日にディオニソス区のとあるカフェで会う約束を取り付けられたのだった。そう、アポロニオがぐだぐだしている間に、相手はスマートに予定を聞き出してサッと場所と時間を決めてくれて。
 
「完全にリードされているではないか……っ!」
 
これで「中の人」がアポロンVIだとバレたら……本当に、がっかりされてしまうだろう。まさかこんな、女々しく言い訳ばかりして後ろ向きな発言しかしない人間がアポロンVIだとは。
 
ゲームだからか、顔が見えないからか、一人称や話し方を変えているからか――それとも、相手があまりにも優しいからか。気づけばアポロニオは普段よりもずいぶんと情けない発言や、気の抜けた発言が多かったように思う。
 
しかし、約束は決まってしまった。今更、やっぱり無理です、とは言い難い。
 
『じゃあ、明日のデート、楽しみにしてるね』『あんま遅くなっても良くないし』『おやすみ、良い夢を』
「っ……! ええと……いろいろ、助かる……じゃなくて、ありがとう……」
 
いつも使う固い言葉を意識して柔らかい言い方に置き換えて、最後に「おやすみ」と打ち込んでアポロニオは脱力した。一気に疲れた気がする。もう逃げることはできない。
 
「ええい、こうなればなるようになれ、だ」
 
アポロニオはバッと毛布を被って横になった……が、一向に睡魔が襲ってこない。いつもなら5分以内には眠れるというのに。
 
幻滅されたらどうしよう、という気持ちばかりが心を占める一方、これだけ優しい人は一体どんな人だろう、という期待も浮いては沈みを繰り返す。もし、相手が女性で年下だったら、アポロニオは男としてのプライドが崩れるかもしれない。
 
いやいや、素敵な人はどのような人であれ素敵だ。そう思い直して、何となくアポロニオはゲームを起動して相手と出会ってからのメッセージを読み返す。出会った最初の頃は、ずいぶんと事務的でクエスト達成ありがとうございます、だけのやり取り。
 
そこから、だんだん話が広がり始めたのは――相手の発言からだった。事務的な会話の隙間に「今日天気悪いから気を付けて」「最近、帰り遅いみたいだけど大丈夫?」「うちの区にヤバいヴィランが出てちょっと大変だった」……などなど。
 
相手がするりと滑り込ませてくれた、潤滑油の様な言葉の数々のおかげで、アポロニオもここまでゲームを楽しめたのだと思う。そう思えば、やはり「会う」という選択をしたことは間違っていなかった、アポロニオは改めて心からそう信じることができた。
 
この楽しい関係が終るせよ何にせよ、一度会ってみるのも悪くはないだろう。そう考えた瞬間に、すっと眠気が襲ってくる。端末を充電器にセットしてアポロニオはもう一度布団を被り直して夢の国へと旅立った。
 
 

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