2021年11月27日の秋のヴァカアポオンリーにて発行した同人誌の再録です。当時から1年経過で公開します、と宣言しておりましたので、約束通りに本編を公開します。お手に取ってくださった方、ありがとうございました。
※物理本用の書き方をしているため、Web表示だと読みづらい点も多々あるとは思いますがご容赦ください。
※!?が絵文字になってしまってるところあったら教えてください~!公開してから表示が変わってることに気が付いたので直しきれませんでした死(12/01追記)
一・振られるなんて思わなかった
「お兄ちゃんのことが好きなんだよね。……家族愛とか、兄弟愛じゃなくて、恋愛対象として」
兄であるアポロニオの顔をまっすぐ見つめながら、ヴァッカリオは一息に言い切った。
ここはオリュンポリスのディオニソス区に存在する高級レストランの一室。ヴァッカリオはアポロニオに愛を伝えるために、こうして個室を借りて高級ディナーを用意していた。そして、メインディッシュの肉料理が来る前に。ヴァッカリオは、目的を果たすべく切り出したのだった。
言われたアポロニオは、目をぱちぱちとさせている。まるで、ヴァッカリオの言葉を一度で理解できなかったかのように。
「お兄ちゃん、ねえ、おいらの恋人になってよ」
「……ヴァッカリオ、お前」
アポロニオはようやく、それだけ言葉を宙に吐き出してから、黙りこくってしまった。困惑とも違う、考え込むような難しい顔で、アポロニオは染み一つない滑らかなテーブルクロスに目を落としている。
焦ったのは、ヴァッカリオである。混乱や驚きこそすれ、このようにアポロニオが黙ってしまうとは想定していなかった。むしろ、喜んで、と答えてくれると、ヴァッカリオはほぼ確信していたのだ。
何しろ、アポロニオと言えばもはやストーカーと言っても良いほどにヴァッカリオに纏わりつき、手料理を食べさせ、風呂にまで入れてくれる。ヴァッカリオの事はほぼ全肯定、ヴァッカリオが一言、「今日から白は黒」と言えばアポロニオはそれを信じるだろうし、それどころか周囲の人にもそれを周知徹底するだろう。それほどに、アポロニオはヴァッカリオを溺愛している。兄弟愛と呼ぶには重すぎる愛をアポロニオは存分にヴァッカリオに注いでくれていた。
そんなにも愛され続けたヴァッカリオが、アポロニオに拒絶されるわけがない、と考えることも致し方ないだろう。ヴァッカリオは、まさかお兄ちゃんの愛情にあぐらをかいていたのか? と先ほどまでの余裕は木っ端みじんに砕け散って、脂汗をだらだらと心の中で流していた。
「ヴァッカリオ、私は……」
ようやく、アポロニオが口を開いたタイミングで。給仕が、メインの肉料理を持ってきた。美味しそうな高級牛肉のステーキに、アポロニオが少しばかり顔をほころばせる。対してヴァッカリオは、給仕に対して愛想笑いを浮かべつつも内心は冷え切っていた。
アポロニオはスムーズにナイフとフォークを持つと、ステーキを一口分切り分けて口に運ぶ。ゆっくり咀嚼し、納得するかのように一つ頷くとヴァッカリオに「お前も冷める前に食べるといい、美味しいぞ」と笑いかけてきた。
促されたヴァッカリオはアポロニオの様子を気にしながらも、同じように行儀よくフォークとナイフを操ってステーキを切り分け、口に運ぶ。ディオニソス区ナンバーワンと呼ばれるレストランの実力は確かなようだ。非常に、美味しい。
「さて、ヴァッカリオ。先ほどの話の続きだが……私は、お前の想いに応えるつもりはない」
「……なんで」
「私は、お前のことを大切な弟として愛している。お前と同じように、恋愛感情を持つことはできない」
「それだけ?」
ヴァッカリオに返されて、アポロニオは少しだけ目を見開いた。背筋を伸ばしてあるぞ、他にも、と静かに告げてアポロニオはほかの理由を並べ始める。
ステーキを口に運ぶ合間に、二人はぽつりぽつりと言葉を交わす。アポロニオはずいぶんと穏やかな声音で。ヴァッカリオは、少しばかり拗ねた様な声音で。
あのタイミングでメインディッシュを用意してくれた給仕に感謝だな、とヴァッカリオはアポロニオが静かに語る「断る理由」を聞きながらぼんやりと思った。美味いステーキと一緒でなければ、とてもアポロニオの言葉を飲み込むことはできなかっただろう。
「お兄ちゃんがおいらのこと、弟としか見てないのは、まあ、わかってたけど」
「ああ。お前を可愛い弟として、愛していることは間違いない。だが、恋愛となると……」
「だとしてもさ」
ヴァッカリオはアポロニオの言葉を遮った。マナーが悪い、と言われるかもしれないが、こうやってアポロニオの「断る理由」をぐだぐだ聞いていたら、いつまで経っても結論が出ない。
「お兄ちゃん、たまに、兄弟愛から半歩飛び出した目でおいらのこと見てたよね。わかるよ、それぐらい」
「……気のせいではないか」
「今の間。今、お兄ちゃん、心当たりがちょっとだけあるから、言葉を迷ったでしょ。それが一番の証」
アポロニオが絞り出したように言った言葉を買って、ヴァッカリオはさっくりと切って返した。誠実であるアポロニオが言い淀む時、そこには必ず何かが紛れている。ずっとアポロニオを見てきたヴァッカリオだからこそ、すぐにわかる兄の癖だ。
ヴァッカリオに指摘されて、アポロニオは黙ってしまった。照れているのでも、恥ずかしがっているのでもなく。ヴァッカリオを嫌っている、とも違う絶妙な顔だ。どうにか、ヴァッカリオの話を断ろうと、必死に思案している顔。
小さく、ため息をついたヴァッカリオに、アポロニオは顔をあげた。
「お兄ちゃん、そんなにおいらのこと嫌なの?」
「嫌ではない。私はお前のことを好いているし、愛している。ただ、そこに恋愛感情は一切ありえない、ただそれだけだ」
「……じゃあさ、お試しで付き合ってみるのは? 恋人同士だと思って過ごしてみれば、違う景色も――」
ヴァッカリオの言葉は、アポロニオが力強くヴァッカリオの名を呼んだことで遮られてしまった。そのあまりの口調の強さに、ヴァッカリオはもちろん、それを口に出したアポロニオ本人ですら驚いたような顔をする。
アポロニオは軽く咳ばらいをすると、何度も繰り返したように「お前の気持ちには応えられない」と鋭い口調で言った。そして、少しだけ顔を和らげて「しつこい男は嫌われてしまうぞ?」と揶揄うように付け加える。
ヴァッカリオはムッとしつつ、残っていたステーキを口に運ぶ。どんなに不味い話題が繰り広げられていても最高級ステーキの味は相変わらず美味しい。
「なんでそんなにおいらの求愛を断るわけよ。お兄ちゃん、他に好きな人でもいるの?」
「いないぞ?」
「じゃあおいらでもいいじゃん」
「お前に恋愛感情を持つ気はない」
頑固だなあ、とヴァッカリオは表に出さずに嘆息する。アポロニオが自分のことを愛しているのは間違いないし、そこに恋愛感情がうっすらと漂っているのを嗅ぎ付けた自分の嗅覚も間違ってはいないはず。だというのに、なぜここまで頑なにアポロニオはヴァッカリオを拒絶するのか。
未知の感情に対する恐れであるとか、関係性の変化を恐れるものであるとか。そういった、単純な話ではなさそうだ。アポロニオの口ぶりと態度からするに、何かアポロニオの中で確固たる理由と信念がある、そういう空気をヴァッカリオは敏感に察していた。
探りを入れてみようか、とヴァッカリオは口を開く。
「なに、お兄ちゃん、昔、恋愛で痛い目でも見たの?」
ヴァッカリオの少しばかり茶化したような言葉にアポロニオは――顔を強張らせた。瞬時に、ヴァッカリオが兄の地雷を踏みぬいた、と気づいてしまうほどに、わかりやすく。
しまった、やってしまった、とヴァッカリオは見る見る顔を青ざめさせる。少し聞いてみようと思っただけだったのに。
アポロニオもヴァッカリオと同じように顔を青くして、唇を戦慄かせていた。何とか、口を開こうと藻掻いている様はまるで酸欠に陥った金魚のようだ。
「お兄ちゃん、ごめん、変なこと聞いたね、気にしないで、忘れて。……ああ、ほら、デザートが来たよ。ここのデザート、世界的に有名なパティシエが作ってるんだって。きっとお兄ちゃんも気に入ってくれると思うな」
ヴァッカリオは。ペラペラと流水のように言葉を並び立てて。そっと、アポロニオの顔を伺った。給仕が、紅茶を淹れてくれるのをアポロニオは静かに見ている。その横顔は、やはり少し硬い。
そのまま、二人は静かに用意されたデザートを口に入れる。ワンプレートに色とりどりに用意された様々なスイーツは、見た目も華やかだ。甘いものより辛いものが好きなヴァッカリオでも満足するほどに、繊細な甘さとなめらかな舌触り。
(本当だったら、今頃、お兄ちゃんはにこにこと嬉しそうにしながらスイーツを食べていただろうに……)
ヴァッカリオは暗い息を吐きそうになるのをぐっと堪えて、アポロニオの様子を見ながらスイーツを口に運んだ。アポロニオは、小さなケーキを一切れ、口に運んだ後にフォークを置いてしまった。
「ヴァッカリオ」
「なに?」
名を呼ばれたヴァッカリオも、思わず、姿勢を正してアポロニオの言葉を待つ。何か月も前からリサーチをして、予約を入れて、必死に休みを合わせて、決行した一大告白ディナーの顛末がこれだ。こんなはずじゃなかったのに、とヴァッカリオは心底、自分の見通しの甘さを呪った。
「……あまり、お兄ちゃんを困らせないでくれないか?」
それは、アポロニオの最終手段。聞き分けのない幼いヴァッカリオを宥めてそれでも言うことを聞いてくれない時にだけ使われる、最後の最後の切り札。それを出されたら、ヴァッカリオはもう何も言えない。
それほどまでに、アポロニオは自分と恋愛関係になるのが嫌なのか――普段から表情を取り繕うのが得意なヴァッカリオですら、思わず顔をしかめて、傷ついた、という表情を作ってしまった。途端、そのヴァッカリオの表情に気づいたアポロニオも、同じようにナイフで刺された様な苦し気な表情を浮かべる。
「……お兄ちゃん、ごめんね、困らせちゃったね」
「お前が、好いてくれたことは嬉しい、それは間違いないのだ」
ただ、お前を恋愛として好きになることはできない、とアポロニオは再三、同じことをもう一度繰り返す。
スイーツが消えて空になった白い陶磁器の皿を前にして、アポロニオは死にそうな声で「すまない、ヴァッカリオ」と小さく呟いた。
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