妖狐兄弟のヴァカアポと、魔女集会のヴァカアポが出会う感じのクロスオーバー的な話です。中身はなんもないです。たぶん人によっては「続きの方が重要では!?」ってなるやつ。
ヴァッカリオは5本ある狐の尻尾をゆらゆらと揺らしながら、熱心に術を組んでいる。組んでは解き、術式を確認。組んでは解き……。
「ヴァッカリオ、休憩したらどうだ?」
「あ、お兄ちゃん」
難しい顔をして高難度の術式に取り組む弟を温かく見守っていたアポロニオが、そっと声をかけた。茶でも入れるか、と重ねて尋ねてやれば、ヴァッカリオはゆるゆると首を振る。
「この術式、もうちょっとでできそうなんだけどね~」
肉食獣を思わせる鋭い爪が伸びる指で宙に円を描く。さらに指を組んで術式を構築していけば、宙にはぼんやりと紋様が浮かび上がった。
それを見てアポロニオはふむ、と顎に手をあてる。アポロニオから見れば、どこが悪いかはすぐにわかる。この術式は転移の術式、それも長距離を一気に移動するためのものだ。近距離の転移術式を何とか安定してこなせるようになったヴァッカリオには、些か難しすぎるのではないかと懸念もする。
「ふむ。もうちょっと、というのは間違ってはいないが……完成したところで、実用に足るかはわからんぞ?」
「げ、やっぱり? なんとなくそんな気はしてたんだよね~。これだと効率悪くて、転移した時には干からびてそう」
「ハッハッハ、干からびるだけで済むかな。……まあ、転移の術を使うときには必ず私に声を掛けなさい」
はぁい、とヴァッカリオは元気よく答えた。実際、転移の術を含め、高度な術は必ずアポロニオに監督して貰っている。一歩間違えば大惨事になりかねない術を取り扱うには、まだまだヴァッカリオは半人前なのだ。
「して、なぜこの術式を?」
アポロニオが宙に浮かぶ術式を眺めながらこてりと首をかしげる。ここ数日、ヴァッカリオはこの術式に夢中だ。そうまでしてなぜ完成を急ぐのか。
ヴァッカリオは少しだけ気まずそうに、狐の耳をへにょりと垂れさせる。そこからしばらく、口をもにょもにょと動かしていた後に観念したかのように言葉を吐き出した。
「なんかさ、外国で『はろうぃん』っていうお祭りがあるらしくて」
「『はろうぃん』? 聞き慣れない名前だな。バテレンか?」
「たぶん、そういう系。いろんな人が、妖怪? とかの仮装をして町を練り歩くらしいよ」
「……百鬼夜行のような物だろうか」
顎に手を当ててアポロニオは思案気な顔をした。それに合わせて、9本の尻尾もゆらりと揺れる。
「百鬼夜行とはちょっと違うんじゃないかな……?」
そう言いながらも、ヴァッカリオは首を傾げる。仮装をして町を練り歩く。そう言われてみれば、百鬼夜行と似たようなものな気がしてきた。
ヴァッカリオも何回か百鬼夜行のお祭りには連れて行って貰っている。その度にアポロニオがいつもと違うおしゃれをしてくれるのだ。時には仮面を被ったり、敢えて他の妖怪に化けてみたり。……ますます、はろうぃんって百鬼夜行のことでは……? とヴァッカリオは思い始める。
「んん、まあとにかく。そういうお祭りがあるっていうから、ちょっと覗いてみたくて」
その言葉の裏に、煩悩が盛られていることにアポロニオは気づかない。だったら、転移ではなくて遠視の術で良いのではないか? と真面目にアドバイスをしている。ヴァッカリオは煩悩でしか動いてないというのに!
何を隠そう、ヴァッカリオは妖怪友達に融通された如何わしい本で、『はろうぃん』だから、と大変に破廉恥な仮装をしている絵を見ていたのだ。例えば、今にも股が見えそうなほどに短い黒の布でできた一枚の服を着た魔女なる者。あるいは、ほぼ胸や尻以外は全て露出しているのではないかというほどの過激な水着に身を包んだ『さきゅばす』なる者。
それを見たヴァッカリオ青年(半人前)は思ったのだ。「これ、お兄ちゃんに着せたい!」と。故に、遠視ではなく、現物を手に入れるための転移である必要があったのだ。
(あの、黒くて太ももあたりでひらひらしている一枚布の服、あれをお兄ちゃんが着てくれたらどれだけよろしい物になるんだろうな……)
ヴァッカリオは妄想に思いを馳せる。よく着物の裾をひらひらさせて迂闊に白い太ももを丸出しにしているアポロニオ。その白い太ももと、黒い生地の合わせ技。風に煽られふわりと広がる黒い洋服の裾、覗く白い太もも……。
「――リオ、ヴァッカリオ!」
「ぁへえっ!?」
ぐふふ、と妄想に浸っていたヴァッカリオの意識を現実に戻したのは、切羽詰まったアポロニオの声だった。
「何をしている! 術が暴走しているぞ!」
「えっ!?」
慌てて、宙に浮かぶ術式を確認する。ヴァッカリオの指先から伸びた妖力の紐は術式の紋様に繋がっており、異様な光を放ち始めていた。どっと脂汗が出てくる。
「やべっ!」
術式を解放、安定させようと陣を重ねるが、それに及ばず。アポロニオもそばから手を出そうとするが、それよりも早く、不安定な転移の術式が起動してしまう。
――こうして、半人前のヴァッカリオ、この度数回目の「妄想雑念暴走事件」を起こすことになったのであった。
◆◆◆
3時のティータイムに向けてアップルパイを焼いていたアポロニオは、自宅を含めた魔女の森全体の結界が揺らぐのを確認して眉を潜めた。何か、森に異常が起きている。
「ヴァッカリオ」
「ん、なに?」
患者のカルテを熱心に見直して、薬剤を調合していたヴァッカリオに声をかけた。ヴァッカリオはアポロニオの顔を見て、少しだけ目を細める。
「何か森で異常が起きたようだ。結界が揺らいでいる」
「え、大丈夫なの? なんか来た?」
「いや、壊れたわけではなさそうだ。一応、様子を見に行こうと思うのだが……」
「おいらも行くよ」
以前、アポロニオが魔女狩りに遭遇してしまい、行方不明になってしまった事件があった。アポロニオと再会してから、ヴァッカリオはたいそう過保護にアポロニオの身を守ろうとする。アポロニオとて、一流の魔女だから自分の身は自分で守れるというのだが。ヴァッカリオは自分の安心のためにも守らせてくれ、と譲らない。
アポロニオはアポロニオで、そういうヴァッカリオが頼もしくもあり、また守られて愛されているという事実に心を浮き立たせてしまうのも確かだ。
故に、今回も念のため、と声をかけたのだが、案の定ヴァッカリオは二つ返事で同行を申し出た。アポロニオが言う前に、いそいそと外出の準備を整える。例の事件からアポロニオと離れていた10年の間に、ヴァッカリオは剣術を習っていたらしい。今では、冒険者の真似事もできるほどの腕前だとか。
準備を終えたヴァッカリオを伴い、アポロニオは自宅を取り囲む魔女の森へ足を踏み入れる。
魔力を持たない人狼のヴァッカリオには、結界のどこで問題が起きているかはわからない。アポロニオに先導されながら、ヴァッカリオは鼻を引くつかせた。
「獣の匂いがするな……これは……狐、か? いや、人間の匂いもする。しかも、覚えのない生活臭だ」
「ふむ。そういった狐系の亜人でも迷い込んだのだろうか」
二人は警戒しながら、結界の揺らぎが発生した地点に向かう。深い森の中、本来であれば太陽の光を遮り、薄暗いだろうに、その場所からはほんのりと光が満ちていた。そして、警戒する二人の前でその光はじわじわと力を弱め、やがて消えていく。
「魔力……は感じないな」
アポロニオが小さく呟く。一方のヴァッカリオは、鼻をこれまで以上に引くつかせていた。異質な匂いが鼻をつく。自分以外の獣の匂い、自分達以外の人間の匂い。
自然とヴァッカリオはアポロニオの前に一歩踏み出す。片手でアポロニオを制し、守るように自身の背後へと兄の体を寄せた。
「ヴァッカリオ! 大丈夫か!」
「!?」
ヴァッカリオの優れた聴力に飛び込んできたのは、聞き慣れた、自分を呼ぶ声。思わず後ろのアポロニオを振り返る。
「どうした?」
「いや、なんか……」
背後のアポロニオではなさそうだ、何しろ不思議そうにヴァッカリオの顔を見上げている。何も聞こえていないようだ。さて、これはもしかしたら他人の姿形をコピーしたり、記憶を再現したりする厄介な魔物の類かもしれない、とヴァッカリオは警戒を強める。
大剣を握るヴァッカリオの手に力が入ったのを見て、アポロニオも気を引き締めた。自分ではまだわからないが、ヴァッカリオは何かを察知しているようだ。小声で「探索魔法を使うか?」とヴァッカリオに尋ねる。アポロニオを振り返ったヴァッカリオは、何とも言い難い微妙な顔をした後に「たぶん、いらない」と答えた。
「?」
その反応がよくわからず、アポロニオは小首を傾げる。ヴァッカリオは警戒を緩めこそしないが、口の前に一本指を立てて、静かにするようアポロニオに伝えた。アポロニオも口を開かずにこくりと頷く。
アポロニオが隠密の魔法を使い、二人は姿を隠し、音を立てずに問題の場所へと歩みを進める。……進めていれば、そのうち、アポロニオの耳にも入ってきた。何やら男性二人が言い争っている――いや、言い争っているというか、説教しているというか――声が。
「ヴァッカリオ、これは……」
「なんか、そういうコピー擬態系の魔物かなって思ったんだけど」
「ふむ、魔物であれば結界の揺らぎはもう少し違った形になるはずだ。魔物ではない、と思うのだが」
そう言うアポロニオも歯切れが悪い。そうして、二人は「聞き覚えがありすぎる」男性二人の声を耳にしつつ、繁みの陰からそうっと様子を伺う。
「――だからこそ、自分の力を過信せずに、弁えて術式を組むようにとあれほど――」
濁流のようにもたらされるお叱りの言葉、すなわち説教。それをしているのは、どうにも、アポロニオにそっくりどころか本人ではないかと見紛うほどの少年であり、その前に正座をして座って頭を垂れているのは、背中しか見えずともヴァッカリオの哀愁漂う背中に瓜二つであった。
思わず、ヴァッカリオとアポロニオは顔を見合わせる。どういうことだろう、と。この二人のやり取りからするに、単なるコピー擬態系の魔物とは思えない。あれらは擬態こそすれども、実際の人物のように自ら思考して振る舞うことはできないからだ。
ヴァッカリオがもう少し顔を見ようと、一歩踏み出す。その瞬間、説教を垂れていたアポロニオ似の少年がぴたりと口を噤んだ。そして、視線をヴァッカリオの方へと向ける。頭の上に生えている獣の耳は二人の方を向き、どうやら尻尾らしい背後の獣毛の塊がゆらりと左右に揺れた。
「気づかれたようだな」
「マジ? お兄ちゃんの隠密魔法を見破るって?」
「ああ、かなりの実力者だ」
ぼそぼそと言葉を交わす二人に対し、目の前で説教されていた青年もアポロニオ似の少年の様子が違うことに気づく。そして、少年の視線の先を辿るように、その青年も二人のほうへと顔を向けた。
「っ! ヴァ、ヴァッカリオ……!?」
「まあなんとなくそんな気はしてたけどねえ……本当に、そっくりじゃん」
おいら達に、とヴァッカリオは大きくため息をつく。振り返った青年は頭に生えている獣の耳と、少しばかり幼い顔つきであることを除けば、アポロニオ同様にヴァッカリオとそっくりであった。
ヴァッカリオはアポロニオに目配せをすると、剣の柄に手をかけたまま、また一歩踏み出した。同時に、アポロニオが隠密魔法を解除する。
「なっ!?」
そう言葉を発したのは、少年の方だった。目を丸く開いて、耳をピン! と立てている。尻尾もさきほどとは比べ物にならないぐらいの大きさに膨れ上がっており、毛が逆立っていることがすぐにわかった。
「えーっと……コンニチハ」
その反応にやや拍子抜けしつつ、ヴァッカリオは恐る恐る声をかける。途端、目の前の二人は全く同じタイミングで肩を震わせ、尻尾を揺らした。その瞬間、ヴァッカリオは確信する。この二人も間違いなく兄弟だな、と。
「ヴァ、ヴァッカリオが二人……!?」
「あー……驚いているところすまないが、私もいるぞ」
「!?」
ヴァッカリオの背後に守られるように隠されていたアポロニオが、決まりが悪そうに顔をひょこりと出す。目の前の二人は、またしても飛び上がらんばかりに目を丸くして、尻尾を大きく揺らした。
その様子を見ていたヴァッカリオはこほん、と咳ばらいをする。
「とりあえず、こちらに攻撃する意思はない。そちらにも、対立する意思がなければ――」
「状況を聞きたい、私の家に来ないか」
ヴァッカリオの言葉の続きを、アポロニオが引き受けた。
それを聞いた少年は少しだけ悩むように顎に手をあてて考えるが、すぐに頷く。
「敵対するつもりはない。こちらとしても状況を教えて貰えるなら助かる。世話をかけるが、よろしく頼む」
その言葉を聞いて、ヴァッカリオはようやく大剣から手を離した。もしかしたら自分達を騙しているのかもしれない、という思いもありつつ、やはりアポロニオの姿をした人間が「嘘をつく」ということが到底信じられなかったからだ。何より、あの強い意志を秘めた眼差しを向けられれば、自然と納得してしまう。
「家までは歩いてすぐだ。ちょうどいい、もうすぐティータイムのためにアップルパイも焼けるところなんだ」
「あっぷるぱい?」
歩き出したアポロニオの言葉に、首を傾げながら少年が続く。よくよく見れば、服についてもヴァッカリオは全く見覚えのない異文化の装束であった。途方もなく遠くから来たのではないか、と予想する。
さて自分も、と思ったところでふと振り向けば。自分とそっくりな青年が、足を抑えて悶絶していた。青年は、やり取りの間もずっと正座をしていたのである……。
「ぐっ、痺れた……!」
「……情けねえ、なんで俺のそっくりさんってこんなのなんだ?」
どこか釈然としないものを感じながらも、ヴァッカリオはやや乱暴な口調で「ほらよ」と青年に肩を貸してやったのであった。
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