ゆっくりおやすみ

ヴィランの謎パワーで強制的に風邪を引かされたお兄ちゃんとそれを看病……看病するまでは至ってないけど、看病しようとするヴァのお話。


 

パトロールと言う名のサボりを経て、エリュマでパワフルワンを仕入れてきたヴァッカリオは自分一人の執務室でニヤニヤしながらパワフルワンの缶に手を掛けていた。小うるさいウェスターは別の会議で不在。となれば、ゆっくり羽根を伸ばせる。……この光景を他の人間が見たら、いつも伸ばしてるだろ! とツッコミを入れていただろうが、実に不幸なことにここにはヴァッカリオしかいなかった。

プルタブを引こう、と思った瞬間、執務室のドアが突然開かれる。

「オヤジィ! た、た、た、大変ですぜ!」

やって来たのは切羽詰まった顔をしたウェスターだった。ヴァッカリオは持ち前の俊敏さでパワフルワンの缶を執務机の下に隠し、顔をキリッと引き締める。良かった、執務室まで酒を我慢しておいて……。外が寒いからエアコンの効いた執務室で飲もうと思っていて本当に良かった。

「何事だ、ウェスター」

それまでのヘラヘラアル中とは思えない、低く鋭い声で信頼できる自らの右腕に尋ねる。

「ア、アポロンVIが倒れたそうで!」
「はぁ!?!?!?」

ヴァッカリオはパワフルワンの缶も放り投げ、キリッとクールで落ち着いた仕事ができる男の顔も忘れ、椅子も蹴り飛ばして勢い良く立ち上がった。

「アポロン区の中央病院に搬送されたそうです!」
「わかった、すぐ行っていいんだな!?」
「もちろんでさぁ! あとの仕事はこっちでやっとくんで、早く兄上殿のところに行ってやってくだせえ!」

ウェスターの言葉もそこそこにヴァッカリオは執務室を飛び出して走り出した。後ろからウェスターが「おい! テメェ連絡員としてオヤジについてけ! テメェは俺についてこい!」と指示を出す怒声が聞こえてくる。

突然の凶報に、気だるげな空気が漂っていたディオニソスフォースはあっという間に蜂の巣を突いたような空気になるのであった。




アポロン区中央病院、入院棟6階奥にある個室。アポロニオの派手なくしゃみの音と、鼻水をティッシュに排出するまあまあ汚い水音が響いていた。

「心配させてしまったようですまんな……っくしゅん!」
「あーいや、倒れたって情報しか聞かずに飛び出してきたおいらが悪いから気にしないで」

……ヴァッカリオな慌てて病院に駆け込んで案内された病室では、高熱のために顔を真っ赤にしたアポロニオがくしゃみを連発しているところだった。ケガをしている様子も無ければ、何か激しく苦しんでいる様子もない。まあ、かんでもかんでも垂れてくる鼻水にアポロニオが悪戦苦闘しているのは、激しく苦しんでいると言っても良いのかもしれないが。

たまたま、今後の話をしに来ていた英雄庁の職員と、アポロンVI付きの副官が医者の説明を聞くのにヴァッカリオも混ぜてもらったところによれば。

アポロニオは「風邪」を引いたらしい。何か特徴的なものがある恐ろしい風邪でもなく、普通の風邪。医者がニコニコしながら2,3日もすれば治るでしょう、と言うぐらいの些細な風邪。

健康優良児である兄が!? と驚けば、どうやら神話還りの力を暴走させてしまった人間を取り押さえる時に、神の力の一端で強制的に「風邪」を引かされたらしい。部下や市民を庇って一身に受けてしまったからこそ、アポロニオほどの強さがあってもこうなってしまったのだとか。詳細はアポロンフォースが調べているからいいとして……もし、アポロニオが前面に立ってなかったら、もっと大惨事が起きていたかもしれない。

ヴァッカリオは他人の健康のために自分を犠牲にする兄を複雑な気持ちで眺めた。ヒーローとして、それはある種当然の行いでもあるし、そういうところがアポロニオらしい。半面、体を大切にしてほしいとも思う。

「ぶぇっくしょい!!」
「……はい、お兄ちゃん、ティッシュ。新しいの開けとくね」
「た、助かる……っくしょおおい!!」

忘れてはいけないが、アポロニオの実年齢は42歳だ。今年、43歳を迎える立派なおじさんである。つまり、見た目は少年であるのに、くしゃみは派手におじさんテイストであった。こんな姿、到底、他の人には見せられない。

そのギャップに何とも言えない顔をしながら、ヴァッカリオは新しいティッシュボックスをそっとアポロニオに差し出す。

とりあえず、大事では無さそうだとヴァッカリオは胸を撫で下ろしていた。倒れたという話を聞いたときは心底震え上がったものだが。

「風邪というものは、こうも辛いとは……っくしょ、っくしゅ、あ゛ーっくしょん!!!」
「お兄ちゃんの場合はまたちょっと風邪の中でも派手にだね……ははは」
「ひぃ……ティッシュがいくらあっても足りん……はっぐっしょおん!」

苦しそうに涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら小さい体を震わせてくしゃみをしているのを見ると、大事でなくても何とも憐れに思えてくる。

どうしたものか、と頭を悩ませていれば、遠慮がちに病室のドアがノックされたのち、絶賛くしゃみ祭り中のアポロニオが許可を出してからヴァッカリオの部下が顔を出した。ディオニスフォースを飛び出す時に、連絡要員としてウェスターがつけた男だ。

「隊長、この後の予定なんスけど」
「あー……」
「む、ヴァッカリオ、私のことは……へっくちゅ……いいから……くちゅっ……仕事に戻りな……へっくち、へっくしゅん」

ヴァッカリオの前ではあれだけ盛大にくしゃみを撒き散らしていたのに、身内でない人間が来た途端、アポロンVIの顔を見せようとしてくしゃみを控えめにするアポロニオ。そのいじらしさと、ヴァッカリオの前でなら素を出せると考えてくれているところにヴァッカリオは気づいて一人で嬉しくなっていた。いつだって、アポロンVIとして気を張っているアポロニオが気を緩めて休める場所を作りたいと、ヴァッカリオは10年の冷戦時代を大いに反省して、心に誓っている。

「あ、や、それなんスけど、アポロンフォースの方からディオニソスXIIにアポロンVIの看病してもらえないかって依頼がきて」
「アポロンフォースから?」
「っ! っ! ……はー……ヴァッカリオ、そのような依頼気にすることはない。安心しろ、私は一人でも大丈夫だっくしょん!」
「全然大丈夫じゃないでしょ、お兄ちゃん。……で?」

アポロニオに口を挟まれて、黙ってしまった部下に続きを促す。部下は少しだけアポロニオのほうを見てから、ヴァッカリオに向き直った。

「へえ。ウェスターのアニキが快諾しまして、隊長はアポロンVIの風邪が治るまでそばにいろ、って……」
「はあ、ウェスターが……」
「です。ウェスターのアニキが、です。必要があれば在宅で対応してくれればいいって言ってやした……あの、もう退院されて家に戻られるのですよね?」
「えっ!? お兄ちゃんそうなの!?」

ヴァッカリオは驚いてアポロニオを振り返る。ただの風邪とはいえ、これだけ熱を出してくしゃみフィーバーをしているというのに、一人暮らしの家に帰るつもりなのか。驚くヴァッカリオとは裏腹に澄まし顔(ただし鼻水は垂れている)でアポロニオは「当然だ、ただの風邪で医療機関のリソースを使うなどともったいないくちゅっ」と言ってくれた。

「ええ……ただの風邪だけどさあ……ああ、だからおいらが看病しろってこと?」
「へえ」

なんとも気の抜けた返事をする部下はわかっていそうになかったが、ヴァッカリオはアポロンフォースの思惑を確実に読み取った。看病、という名の監視をしてくれ、ということらしい。入院していれば大人しくしているだろうが、仕事人間であるアポロニオならこのような状態でも平然と出勤して仕事をしそうだ。くしゃみがうるさいなら一人で仕事をするからいい、とでも言ってどこかの会議室に籠ってまで、仕事をやるだろう。

「おっけー、わかった。ウェスターはもう調整つけてくれてあるんだろ?」
「はい、万事抜かりなく、って言ってやした!」
「さっすがウェス君、頼りになるね~。ということでお兄ちゃん、退院手続きとか全部やってくるからちょっと待ってて。あ、お前はもうフォース戻っていいよ、あとはウェスターの方にメールしとくから」
「ウッス。……あの、アポロンVI様、どうぞお大事にしてくだせえ……」

ヴァッカリオがさくさくと決める事に文句を言おうとしたものの、くしゃみが止まらずにティッシュで鼻と口元を抑えたアポロニオを、ヴァッカリオの部下は心底気の毒そうに見たのだった。



アポロニオはアポロン区にある高層マンションの最上階に一人で住んでいる。様々な理由から、ワンフロアを貸し切って一般市民と一切関わらないようにしている徹底ぶりだ。……ゴッドナンバーズであるアポロニオにとって、「親しい人間」はそれだけでアキレス腱になりえるからだ。それが、力を持たない一般市民ならなおさら。

「いやあ、体が治って良かったって改めて思ったね」

病院まで車を回し、嫌がるアポロニオを毛布でぐるぐる巻きにして担ぎ上げてアポロニオの家まで運搬してきた。そもそも、くしゃみの連発で体力を奪われているのか、それとも簀巻き姿で担がれたのであきらめがついたのか。自宅に着く頃にはさすがのアポロニオも静かになっていた。

アポロニオがパジャマに着替えるのを手伝って、ベッドに寝かせてやってからヴァッカリオは一通りの看病グッズを揃えにドラッグストアに走る。と、そこに非常に頼りになる世話焼きの鬼、ディオニソスXIIの右腕、小言大魔王……もとい、ウェスターから「風邪の時にはコレ!」と題したメールが送られてきた。素晴らしい副官。やはり、彼をスカウトしたヴァッカリオの目は確かだった。……まあ、ここまで気が回って家事ができる男だとは全く想定していなかったが。

それはそれとして、ウェスターのおかげで迷うことなく様々なものを買い集めて、アポロニオの家に帰宅すればアポロニオは苦しそうに唸りながら目をつぶっていた。

「お兄ちゃん」
「……ぁ……ヴァッカリオ……すまない、熱が上がってきて……」
「うん、病院から移動して環境が変わったからね。ちょっと待って、すぐ氷嚢準備するから」

説明書を見ながらなんとか氷嚢を準備して、アポロニオの頭に乗せる。ヴァッカリオが買ってきたのは額側から冷やすタイプだった。体温計を脇にそっと差し込むと、いくら子供体温で常日頃から平熱が高いアポロニオといえども限度がある、と言わんばかりの数字が叩き出された。

……10年間。体を壊し、高熱に魘されることも多かったヴァッカリオには、どんなにアポロニオが苦しいか、よくわかる。関係を修復してからアポロニオがぽろりと言った「できることならお前と代わってやりたかった」というあの言葉が、今なら本当に、よくわかる。風邪なんて引いたことのないアポロニオより、そんな体調不良に慣れたヴァッカリオの方が、まだ楽に過ごせるだろうに。

「へ……ぶぇっくしょい、あ゛っくしょん! はー……はっくしょぉおい!」
「お兄ちゃん、くしゃみ抑える薬。飲める?」
「ん゛んっ……水をくれ……っしょん!」

ころん、と小さなカプセルをアポロニオに渡そうとして、ヴァッカリオはやめた。アポロニオは腕を上げるのも億劫そうで、カプセル一つ持てそうになかったからだ。こんなに弱った兄の姿を見た記憶がなく、ヴァッカリオは言いようのない不安に襲われる。ヴァッカリオにとって、兄は、アポロニオは、膝をつくこともなければ弱さを見せることもない、完璧な男であったのだ。

「……まあ、でも、こういう姿をおいらの前に見せても大丈夫、って思ってくれるようになったんだよね」

不安を別の気持ちにすり替えながら、ヴァッカリオはアポロニオの背中に腕を回して、小さな口にカプセルを差し出した、アポロニオは口を開いてカプセルを迎え入れ、ヴァッカリオが差し出した水差しから水を飲む。

「うぅ、これでくしゃみは収まるのだろうか……はっくしょん!」
「効いてくるまでは我慢だよ。お兄ちゃん、頭痛は大丈夫?」
「へっくしょい! 頭は……ガンガンする、というのだろうな、これが……べぇっくしょい!」
「解熱剤と頭痛薬は病院でもう飲んできたんだよね。そろそろ効いてくるはずだし……少し、寝た方がいいよ」

アポロニオをベッドに寝かせ、毛布を胸元まで引き上げる。しかし、アポロニオはヴァッカリオの手を振り払うようにして、起きようとした。もちろん、体に力ははいらず、中途半端にベッドの上でもがいたような形になる。

「お兄ちゃんどうしたの、トイレ?」
「い、いや、仕事を……あぁっくしょい! 家でも、書類仕事ぐらいは……へっくし、へっくしょい、へぇぇっくしょん!!」
「くしゃみの三段活用しちゃう人に言われてもなあ。はいはい、仕事は風邪が治ってからね。そんな状態じゃ、きっとミスだらけで仕事にならないよ」
「ぐ……しかし……」

まだ言い募ろうとするアポロニオの体にもう一度毛布をかけ、そしてヴァッカリオはアポロニオの片手を毛布の中で両手で握りしめた。

「お兄ちゃんが寝るまで見ていてあげるよ」
「う、ヴァッカリオ、お前も、仕事が……」
「うん、お兄ちゃんの風邪が治ってからね。緊急のもの以外は、頼りになる副官が全部やってくれるって言ってたからさ」

ヴァッカリオは穏やかな笑みを浮かべて、アポロニオを見る。

「昔、おいらが熱出した時だって、お兄ちゃん、仕事しないでずっとそばにいてくれたでしょ」
「それは、そうだが、私はもう子供ではな……っくしょん! ひーっくしょん!」
「子供とか大人とか関係ないよ。大切な人が辛い時にさ……そばにいられない方が、辛いじゃん?」

あの10年の間みたいに。ヴァッカリオは口には出さなかったが、心の中で続けた。……心の中でだけ、言ったはずなのに。アポロニオは何かに気づいたかのように目を丸くした後、少しだけ視線を落として静かになった。

「……わかった。ではヴァッカリオ、そばにいてくれるだろうか」
「もちろん! 大丈夫、アポロンフォースもディオニソスフォースも、そのつもりでもう準備してあるからね」

ずび、と汚らしく鼻を鳴らすアポロニオに、ヴァッカリオは枕もとのティッシュを取って鼻を拭いてやった。鼻のかみすぎて、皮膚が赤くなっているのが痛々しい。薬が効いて鼻水が落ち着いてきたら、ウェスターが紹介してくれた痛みを和らげる保湿クリームを塗ってあげよう。アポロニオが一眠りしたら、きっと腹が空くだろうからりんごの擦り下ろしを用意してやろう。

「さあお兄ちゃん、おやすみ。おいらはずっとそばにいるから。ゆっくり、休みな」
「ああ……」

アポロニオは、大人しく枕に頭を乗せた。ぷしゅん、とまたくしゃみをする。ヴァッカリオはまた鼻水を拭いてやって、ずれた氷嚢を元に戻した。

「……ヴァッカリオ」
「なに」
「ありがとう、そばにいてくれて。……体が弱ると、気弱になるというが……お前がそばにいてくれると、手が暖かくて、気持ちがよくて……これが安心、というものかと……すまないより、ありがとうがいいって、お前が……お前なら……」

アポロニオの、支離滅裂な言葉はすぐに寝息に取って代わられた。薬も効いてきて、体力も限界で、眠気に勝てなかったのだろう。それでも、頑張って必死に、ヴァッカリオへ思いを伝えようとしたアポロニオ。

「大丈夫、伝わったよお兄ちゃん。……おやすみ」

毛布の下で包んだアポロニオの小さな手に、ヴァッカリオは長身を窮屈そうに屈めて、毛布越しにキスをしたのだった。

送信中です

×

※コメントは最大500文字、5回まで送信できます

送信中です送信しました!