ミルキー・バレンタイン - 1/3

付き合ってるヴァカアポがめっちゃイチャイチャするだけの話。スパダリヴァがお兄ちゃんのためにスーツを仕立ててあげて、さらにスイーツバイキング付きのランチプランにご招待してお兄ちゃんがウキウキになっちゃう平和な話です。ちなみに手癖のようにプロポーズしてますいつもどおりすぎる。


 

平和を謳歌するオリュンポリスのバレンタイン。事前にヴァッカリオからその日は休みを取ってくれ、と頼まれたアポロニオは部下たちの必死の勧めもあって、バレンタインデー当日と翌日の2日を有休取得日と定めていた。
 
当日の朝、アポロニオの家に泊まり込んだヴァッカリオは珍しくアポロニオと同時に起きて、洗面所でひげを剃っている。そんな弟の姿に、今日は1日デートだから張り切っているのか、とアポロニオは微笑ましい視線を向けていた。髪の毛も何が気に入らないのか、何度もブラシを通して撫でつけてはやり直しを繰り返している。
 
朝食を食べたらヴァッカリオの運転でディオニソス区へ。何やら、今日のデートコースはヴァッカリオがすべて決めてくれているらしい。
 
交際を始めてからこの方、デートコースは交代で決めているが、バレンタインデーはどうやらヴァッカリオが張り切っているようだ、ということで譲ってやったのだ。アポロニオが立てるデートコースはたいていの場合、公園で弁当を食べて散策して家に帰るだけの穏やかなものだ。対してヴァッカリオが立てるデートコースは……そこまで考えて、アポロニオは頭を振った。
 
「お兄ちゃん、どうかした?」
「い、いや、何でもないぞ。……ところで、今日はどこへ行くのだ?」
「ん? バレンタインデーだからね。おいらからお兄ちゃんにバレンタインのプレゼント」
「ほう!」
 
アポロニオは嬉しそうに声をあげ、目を細めた。もちろん、アポロニオもヴァッカリオ宛のチョコレートは用意してある。手作りのトリュフチョコレートだ。ヴァッカリオに隠れてこっそりと保冷剤とともに持ち出して、いつものリュックサックに入れてあった。
 
去年のバレンタインは、ヴァッカリオからは既製品の高級チョコレートを貰っていた。世界的に有名なパティシエが監修したもので、入手するには販売店に開店前から並んで何時間も待つ必要があったらしい。何しろ、ニュースになるぐらいには、行列が伸びに伸びていたのだ。そんな苦労をしてまでアポロニオのために、とヴァッカリオが買い求めてくれたチョコレートは、値段以上の幸福をアポロニオにもたらしてくれた。
 
今年は一体何をくれるのだろう、とアポロニオは年甲斐もなく浮き立つ自分の心に苦笑しながらも、運転するヴァッカリオの横顔を眺める。いつ見ても、素晴らしく整った惚れ惚れとする美丈夫。惚れるのはアポロニオだけではなく、顔出ししてディオニソスXIIとして活動するようになってから、老若男女問わずに黄色い声が上がるほどの人気っぷりだ。
 
「……お兄ちゃん、どうしたのそんなにおいらの顔見て」
「いつ見ても、お前は素晴らしい顔立ちだな、と。イケメン、というのだったか? 実にハンサムで惚れ惚れとしてしまう」
「はは、ありがと。お兄ちゃんもイケメンでかわいくて、おいら好みだよ」
 
さらり、と言われてアポロニオは照れたように頬をかいた。こういう時、つい褒めても何も出ないぞ、と笑い飛ばしていたのだが。いつだったか、ヴァッカリオが真剣な顔で「何かが欲しくて褒めてるんじゃない、本当に心からそう思ったから言ってるだけ。お兄ちゃん、お願いだからおいらの言葉を真面目に受け取って」と言ってきたことがあってからは、素直にその類の言葉を受け入れるようにしている。
 
「お前もイケメンなだけではなく、可愛いぞ!」
「はいはい。じゃ、イケメンで可愛いおいら達二人はね、まあそれなりな服装も必要だと思ってさ」
 
含みを持たせた言い方をするヴァッカリオに首をひねっている間に、車はとあるクラシックな佇まいの店舗駐車場に滑り込んだ。見るから高級そうなその店構えに、アポロニオは少し驚きつつ車から降りる。
 
「ここは?」
「最近できた仕立て屋。ささ、お兄ちゃん早く早く。予約の時間に遅れちゃうよ」
 
ヴァッカリオに促されて店のドアをくぐる。そこは外観から感じた期待を裏切らず、内装もずいぶんと豪華であった。それでいて、華美であると眉を顰めるほどでもなく、落ち着いた雰囲気を演出してくれている。
 
「ようこそ」
「ん、頼むよ」
 
ではこちらへ、と言葉少なに案内する店員の後に二人はゆっくりとついていく。気になってきょろきょろ見渡すアポロニオに、ヴァッカリオは少しばかり身を屈めて耳打ちした。
 
「ほら、神話還りの就業が緩和されたでしょ? それに応じてできたばかりの、裁縫関連の神話還りを集めた仕立て屋なんだ」
 
アポロニオが小さくうなずくのを見てヴァッカリオが続ける。
 
「まだオープンしたて、ってのもあるけど……やっぱりちょっと、神話還りには偏見もあるからね。ここはひとつ、どでかい実績でも作ってやろうかと」
 
ヴァッカリオはいたずらを思いついた子供のように、パチンとアポロニオにウインクしてみせた。その気の回し方に、アポロニオは鷹揚にうなずく。
 
基本的に、公務員であるゴッドナンバーズがどこか特定の企業に肩入れすることはない。故にヴァッカリオは、アポロニオに休みを取らせて「プライベートでカップルとして来訪しました」という体裁を整えたのだろう。恐らく、ヴァッカリオはさりげなくマスコミに来訪情報を流して、二人がこの店を利用したことをスクープにでもする気だ。車から降りた時には気づかなかったが、すでに記者はどこかにスタンバイしていたのかもしれない。
 
ディオニソスXIIとして復帰したばかりの弟が、こうして市民の為に動いている姿を目にすれば、アポロニオの涙腺も緩むというもの。思わず涙ぐみそうになったが、ヴァッカリオの手が肩に回されたことに気が付いて顔をあげた。
 
「この人に合うスーツを……そうだな、白で」
「中の色はどうされますか?」
「ネクタイは黄色。あ、黄色って言っても、ドギツイ色じゃなくて太陽みたいに暖かい色な。それだけ守ってくれればあとは任せる」
「かしこまりました」
 
頭上で交わされる会話に目を白黒させてから、アポロニオは慌てて弟の名前を呼んだ。当の本人は違うスタッフと何やら打ち合わせをしている。
 
「え、だからバレンタインのプレゼントだって。あとほら、さっき言ったとおり」
「ど、どういう……白? スーツ?」
「うん。イケメンで可愛いお兄ちゃんに、もっといろいろオシャレしてもらいたくてさ」
 
だってお兄ちゃん、スーツも学生が着るようなリクルートスーツと代り映えしないものばかりでしょ、とヴァッカリオは呆れたように言ってきた。その言葉はそのとおりの真実そのもので、アポロニオは黙って頷くしかなかった。
 
25年前に体の成長が止まってから、アポロニオは当時に買ったリクルートスーツと同じものを愛用している。も特にオシャレに興味があるわけでもなく、体格も変わらない、式典時となれば別途専用のアポロンフォース衣装が用意されている……となれば「前と同じでいいか」とついつい同じものに手が伸びてしまうものだ。滅多に着用するタイミングがないのだから、仕方がない。
 
「だから、たまには、ね。白スーツってのも珍しくていいでしょ? 今度、なんかのパーティーに呼ばれたら着てってみなよ、きっとみんな驚く」
「しかし私なんかがそのようなお洒落着など……」
「もう、そんなこと言わないでって。大丈夫、おいらが認めたイケメンで可愛いお兄ちゃんなんだから。……ほら、スタッフの人が待ってるよ」
 
ヴァッカリオの言葉に顔を上げれば、巻き尺やら何やらを持ったスタッフが困ったようにこちらを見ていた。慌てて、スタッフのもとにアポロニオも移動する。
 
……ヴァッカリオの不意打ちのような行動に、アポロニオはため息を心の中でついた。ここまで来て今更帰りますとも言えない。ヴァッカリオはヴァッカリオで、どうやら自分用のスーツを仕立てるようだ。仕方ない、当初の目的のとおり、店の実績作りに協力するとしよう、とアポロニオは頭を振ってスタッフの指示に従ってフィッティングルームに足を踏み入れた。
 
 

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