うさぎは何の夢を見る? - 2/3

 
それはともかく。ウェスターの小言で目が覚めたのか、アポロニオがキャリーから這い出てきた。まだ眠いのか、耳をたらんと垂らして目をくしくしと擦る姿はあまりにもうさぎさんで可愛い。ヴァッカリオはまたしても高速で端末のカメラを動かしてしまった。
 
「オヤジ……」
「うるせえ、黙ってろ」
「いや、いいんですけどね、動物をかわいがる心ってのも大切な情緒ですからね」
「視線がうるさいんだよ視線が!」
 
ウェスターの視線をしっし、と手で払いながら、ヴァッカリオはアポロニオに顔を近づけた。
 
「お兄ちゃん、おはよう」
「うわイメージ崩壊」
「ウェス君ちょっと黙れって。こほん、水の準備も、食事の準備もできてるけどどうする?」
「ん、水をくれないか」
 
アポロニオがふわぁあ、と大きな欠伸をしてとことことヴァッカリオのところに近づいてきた。可愛すぎるなあとヴァッカリオはだらしない顔をしながらも、先ほど準備した給水器を差し出す。
 
「む……普通に飲めるのだが?」
 
うさぎ用の、ストローの様な吸い口が下向きに飛び出しているボトルを見て、アポロニオはむっとした顔をしてヴァッカリオを見上げた。
 
「でもお兄ちゃん、お兄ちゃんのサイズに合うコップとかないよ?」
「……器から直接飲むのも、な……」
「そーゆーこと。でも水分補給は大事だから。ほら。飲みにくかったら、また考えるね」
「わかった」
 
ヴァッカリオの説得に納得したアポロニオは、ヴァッカリオにボトル部分を支えてもらいながらウォーターノズルに口を近づける。小さな口がぱかりと開き、吸い口に吸い付いた。じ、とヴァッカリオが見ていると、アポロニオの喉が上下しているのがわかる。
 
「飲んでる……!」
 
かわいい、はぎりぎり言わずに耐えきった。小声で呟いたヴァッカリオは、ウェスターにだいぶ白けた目で見られていたが完全にスルーした。知るか、部下の前の威厳なんて。
 
「ぷはっ! もういいぞ、ごちそうさまだ」
「うん、たくさん飲めたね」
「ああ。思っていたより喉が渇いていたようだ」
 
けふっ、と軽くげっぷのようなものをして、アポロニオはあたりに広がる「うさぎ飼育グッズ」を見渡した。
 
「ウェスター君が用意してくれたのか?」
「はい、どうもオヤジだけじゃ頼りねえと思いまして」
「それは助かる。この、ひんやりシートなんてすばらしいではないか」
 
アポロニオの言葉に、ウェスターはすぐに封を切って中のシートを取り出して準備した。アポロニオはいそいそとシートに乗り上げ、だらんと両足を広げて座り込んだ。あのアポロニオが珍しい、とヴァッカリオは目を丸くしたが、よく見れば耳がへんにょりと垂れていてずいぶんと暑かったのだろうと察する。それに、うさぎになってしまって多少は向こうに精神が引っ張られているのかもしれない。
 
「へへへ、気に入ってくださったようで何よりで……お食事はどうされますかい?」
「おお、素晴らしい気づかいだな」
 
がさがさ、ウェスターが袋をあさってアポロニオの目の前に次々に品物を置いていく。カットフルーツ、青草、牧草、ペットペレット……アポロニオはそれらを楽しそうに眺めていた。
 
「ねえ」
「ん?」
「なんですかい?」
「ちょっと、ねえ、お兄ちゃんはおいらが飼うんですけど!? なんで二人で話進めてんの!」
 
ウェスターとアポロニオの間に強引に割って入ったヴァッカリオが頬を膨らませる。
 
「アンタ、伯父貴を飼うだなんてそんな表現……」
「そこだけ切り取るのやめよう!? おいらが変態みたいじゃん!」
「ヴァッカリオ、自分の発言から目を背けるのではない」
「表現の問題なだけで……ああ、もう! ウェスターは帰れ!」
「そんないきなり!」
 
小言をするオカンと甘やかしてくるママの間に挟まれていたらいつまでたってもヴァッカリオは独り立ちできない。独り立ちしてうさぎお兄ちゃんを飼うことすらできない。
 
何やら言い渋るウェスターの背中をぐいぐいと押し、「また困ったことあったらすぐ連絡する」と言って、ヴァッカリオはオカンを家から追い出すことに成功した。
 
追い出されたウェスターは肩を竦めこそしたものの、男らしくにやりと笑みを浮かべて、二人の「愛の巣」を後にする。ウェスター曰く、「オヤジの恋はいつだって全力応援ですぜ!」なのだ。あんなに、ヴァッカリオが露骨にウェスターに対して敵意を剝きだしてくるのも珍しい。
 
「オヤジ、頑張ってくだせえ! あとで資料送りますから!」
 
グッと閉じられた玄関のドアに親指を立てたウェスターは、追い出された割には楽しそうなオーラを出してるんるん気分でスキップしながらディオニソスフォースに帰っていったのだった。
 
ちなみに、ウェスターから送られた資料はヴァッカリオが即座に廃棄し、アポロニオの目に触れることはなかったという。なんだ、人間とうさぎの18禁冊子って!! 世の中は広いんだな、とヴァッカリオは遠い目をしながらウェスターに「二度と送るな」とクレームを入れる羽目になったのである。
 
「ヴァッカリオ、いいのか、ウェスター君は?」
「あーほら、おいらが臨時休暇になっちゃったから、ウェスターにはフォースの方にいてもらわないと」
「む……それは申し訳ないことをした」
 
またしおしおとアポロニオの耳が垂れる。実にわかりやすい耳だ、アポロニオの頭頂部に生えている謎の髪の毛レベルにわかりやすい。……いや待て、なぜ神経が通っていないはずの髪の毛で感情がわかる……? ヴァッカリオは一瞬、触れてはいけない真理に触れそうになったがそれもそっと扉を閉じておいた。この世には開けてはいけない扉がたくさんある。
 
「ああ、大丈夫だよ、ちゃんとウェスターには後で別途休暇を出すか、ボーナス出すかするから」
「ボーナスを出す際には私にも声をかけてくれないか。アポロンフォースの予備費から負担しよう」
 
小さい、手のひらサイズの可愛いうさぎさんの口から「予備費」とな。キリッ! とした顔をしているアポロニオのうさぎの耳は、さきほどのしおしおから打って変わってキリッ! とした耳をしている。キリッ! とした表情と耳だ。
 
「で、お兄ちゃん、なんか食べる?」
「そうだな……」
「一応さ、ウェスターとさっき寄ったペットショップの店員さんが進めてくれたフードあるけど」
 
牧草なんて人間の口で食べれるのか? と思いながらもヴァッカリオはウェスターが途中まで広げてくれていたフード類を改めて並べなおした。
 
ひんやりシートからもぞもぞと降りたアポロニオが、テーブルの上をとことこと歩いてフード類を眺めている。うさぎさんのお買い物だろうか? 可愛いな?? とヴァッカリオは端末のカメラをまた起動していた。連写機能があるものをチョイスしておいてよかったと思う。
 
いつものスーパーで品定めするときの真剣さそのままに、アポロニオは一通り眺めたあとにミニキャロットの束を指さした。
 
「これが一番美味しそうに思えるのだが……」
「ん、いいんじゃない? 人参なら人間が生でも食べられるものだし……。ちょっと待ってて、洗ってくる」
「私も行こう」
 
どうやら生活無能者のヴァッカリオ一人に食事の準備を任せるだなんてとんでもない! ということらしい。悔しいが、ヴァッカリオはこの大変にファンシーでキュートでプリティなミニうさぎさん以下の存在なのだ、家事については。いやさすがに人参ぐらいは洗える……と思ったところで、皮むきをしなければならないという事実を思い出してヴァッカリオはますます何も言えなくなった。ピーラーがあっても、不安は不安だ、うん。
 
ヴァッカリオはアポロニオを両手に抱え、キッチンへと移動した。
 
「待て、さすがにシンクに動物は置きたくない」
「それ自分で言っちゃう?」
「仕方ないだろう! ……お前の手元を見るなら、頭の上が良さそうだ」
「えっ、わっ、ちょっ!」
 
ヴァッカリオの両手から小さくて可愛いうさぎ人間が飛び出して、腕から肩から耳に鼻に、とするすると登って行った。いつから自分の顔はボルダリング場になったのだろう、とヴァッカリオは憤慨しつつも、頭の上にあるそこそこの重さと温かさが心を鷲掴みにしてきたので細かいことは考えないようにした。
 
「ええっと……洗って……切る?」
「いや、切らなくて良いだろう。お前に包丁を使わせるのは危ない気がする」
「おかしいな、剣の扱いなら誰にも負けない自信があるんだけど」
「お前のは大きすぎるんだ」
 
ナニが? と言いかけてとりあえずヴァッカリオは黙った。大は小を兼ねるはずなんだけどな。
 
まあとにかく、ヴァッカリオはアポロニオに言われたとおりに丁寧にミニキャロットを洗った。間に挟まっている泥もゴシゴシと。よくもまあ、こんなに面倒くさい作業を兄もウェスターも嬉々としてやるものだ。
 
続いて、ピーラーを手に取り小さなニンジンの皮をするすると。手の皮まで剝きそうだな、と内心でひやひやしていたところ、頭上からも小さな声で「怖くて見ていられん……」と呟くのが聞こえた。もっと恐ろしいケガにも遭っているのだけれども、それよりもやっぱり日常での唐突なケガの方が怖い。
 
「これでよし! どう?」
「うむ! 綺麗に剥けたな!」
「へへへ」
 
頭の上で何やら暖かいものがもぞもぞと動いている気配がする。少し間を置いてから、どうやらアポロニオがヴァッカリオの頭をナデナデしているつもりらしい、ということに気が付いた。これは可及的速やかに鏡で確認する必要があるのでは!? 
 
と思ったものの、キッチンを出たところでアポロニオがするするとヴァッカリオの頭から下山してきて肩からぴょん、とテーブルに飛び乗ったので見ることはできなかった。残念。
 
「はい、どうぞ召し上がれ」
「ハッハッハ、お前にそう言われる日が来るとはな」
 
アポロニオは嬉しそうに目を細めながら、ヴァッカリオが差し出したミニキャロットを両手で抱えた。両手で。ミニなのに。両手で。
 
可愛すぎるな?? とヴァッカリオはカメラを構えて早速、動画を回し始める。連写をしたらシャッター音でバレてしまいそうだからだ。
 
アポロニオの小さな口がミニキャロットの尖った先端に近づく。どことなく、ヴァッカリオは緊張しながらその様子を眺めていた。……手作り料理を好きな人に食べてもらうときは、こんなにも緊張するというのか。洗って皮を剥いただけのミニキャロットが料理かどうかはおいておいて。
 
しゃくり。小さな音が、静かなリビングルームに響く。口の中で咀嚼を始めたアポロニオのうさぎの耳が、元気にピン! と立った。
 
「美味しいぞヴァッカリオ!」
 
しゃくしゃく、かりかり、ぱきぱき。気持ちの良い音を立てながら、アポロニオが美味しそうにミニキャロットを食べていく。うさぎの耳は嬉しそうに左右に揺れるし、知らぬ間にぴょんと飛び出ていた丸い尻尾もぷるぷると震えている。
 
「なんだこのかわいい生き物」
 
たまらず声を漏らしてしまったヴァッカリオ。もちろん、現在撮影中の「うさぎお兄ちゃん食事中」の動画に声が入ってしまったわけだが。後日、動画を再生したヴァッカリオは自分の声に頭を抱えたという。
 
 

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