本当は高くていいケーキを買って食べたいと思ってるけど昔からのクセでつい我慢しちゃったお兄ちゃんをヴァが大人の財力でケーキを大人買いして甘やかす話
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年の瀬、師走。混雑著しいデパートの地下食品売り場に、ヴァッカリオとアポロニオはいた。アポロン区の平均的身長を余裕で超過しているヴァッカリオは頭一つ分飛び出て、人込みを見下ろして、ついでに視界の隅でぴょこぴょこ動く黄色の頭を見逃さないように必死になっていた。
アポロニオ曰く「お前はどこにいてもすぐわかるな!」とのこと。逆に、ヴァッカリオからすると一度紛れてしまうとなかなかアポロニオを見つけるのは難しい。
「よし、これで買い出しは終わりだな」
何やらフライドチキンを購入したアポロニオが、手元のメモ用紙を見てからひとり頷く。今日はヴァッカリオの希望で、デパ地下グルメで夕食にしよう、という事になったのだ。昔も、年末となるとどことなくそわそわした空気に釣られて、二人でデパートにでかけていた事をアポロニオも思い出し、快諾して今に至る。
デパ地下グルメ、そんなお高いサラダや総菜をたっぷり買った二人は、両手に荷物を抱えて人込みをかきわけて出口へと向かう。そんな時。
「あ」
アポロニオが珍しく、変な声を上げた。その声に気づいたヴァッカリオが視線を向けると、そこにはデパ地下らしい、きらびやかで美味しそうなケーキがたくさん並べられた店舗があった。
「お、ケーキじゃん。……そういえば、デザートは買ってなかったね」
「ああ……まあ、買わなくても総菜だけで腹いっぱいになるかと思ってな」
「ふうん。まあ何があるか見てみようよ」
「いやしかし、食べきれるかどうか……」
「まあまあ、見るだけだから」
アポロニオがこの人ごみの中で、目にとめたケーキの数々。遠慮したように尻込みをするアポロニオの背中をぐいぐいと押して、数々のケーキが色とりどりに並んでいるショーケースの前にたどり着く。
ヴァッカリオは気づいていた、アポロニオが本当はケーキを欲しがっている事に。何しろ、あんな変な声をあげて一瞬、足を止めるのだから。他の総菜やら何やらは視界に入ってもスルーしているのに、ケーキだけは足を止めたのだ。お兄ちゃん溺愛系激重ブラコンヴァッカリオがそのわずかな仕草の違いに気づかないわけもない。
だが、健康になったヴァッカリオは食欲旺盛で、肉類を好んで大量に食べること。そして、健康ゆえに栄養バランスの取れた食事をヴァッカリオに食べさせる必要があること。それらを考えて、アポロニオは一瞬で「ケーキを買う必要はない」と判断したのだ。
「すごいね、ケーキ、美味しそうだ」
「……うむ、まあ、そうだな」
「お兄ちゃんはどれが欲しい?」
「私か? そうだな……買うとしたら……」
アポロニオはじっとショーケースを一通り見た後に、一番安くて、小さいケーキを指さした。
「これかな」
「そうなの?」
「ああ、これぐらいでちょうどいいだろう」
そんなわけはないだろう、とヴァッカリオはわかりやすいアポロニオの視線の動きに嘆息する。本当はそのケーキの二つ左にある、もっと大きくて、そこそこ値段の張るあのケーキが好みなはずだ。
「別にケーキぐらい自由に買えばいいのに……」
ぼそり、と呟いたヴァッカリオの言葉にアポロニオは気づきもせず、まだ物欲しそうな顔をしながらショーケースのケーキ達を眺めている。
「店員さん」
ヴァッカリオは両手の荷物を抱えなおして、店員を呼んだ。こんなに混雑している中にあっても、にこやかに接客スマイルを浮かべてヴァッカリオに対応する。
「ヴァッカリオ? ケーキを買うのか?」
「うん、お兄ちゃんはちょっと待ってて……すみません、このショーケース内のケーキ、全部1つずつください」
「えっ! 全部ですか!」
「ヴァッカリオ!?」
店員の接客スマイルが固まり、同時にアポロニオも驚いたように名前を呼ぶ。ヴァッカリオはひょい、と財布から黒色のブラックカードを取り出し、無造作にレジの金銭トレーに放り投げた。
「支払いは一括で」
「!! かっ、かしこまりました!」
「ヴァッカリオ! ど、どうするのだ! そんなにたくさん買って……!」
「まあまあ。もう注文しちゃったから。ほら、店員さん達みんなで一斉に準備してくれてるよ」
そう言われてしまえば、アポロニオも黙るしかない。まさか、今更取り消しで、とも言うに言えない。善良なる市民の働きを無下にできる男ではないのだ。
「ありがとうございました!」
店員達の嬉しそうな声を背に、ヴァッカリオの荷物に大量のケーキの箱が追加される。アポロニオが持つと言ったのだが、この人込みだからおいらが持ったほうがつぶれなくて済むよ、とケーキの箱を回収したのだ。……こっそり、ネクタルで荷物の山が崩れないようにフォローしているのはアポロニオにはまだバレていないらしい。
帰宅後、総菜の数々をぺろりとたいらげて腹八分目、となった二人。ヴァッカリオはさっそく、冷蔵庫にぎっしりと詰められたケーキの箱を取り出してきてテーブルの上に並べていった。食事の片づけを終えたアポロニオが、なかばうっとりとしたような顔でそのケーキの数々を眺めている。
しかし、ふと我に返ったように顔を引き締めるとヴァッカリオを咎めるように声をかける。
「そんなに買って……」
「大丈夫だって、余ればまた明日食べればいいでしょ。それにさ、あの時間であんなに余ってたら店側も困ってただろうし」
あそこのデパート明後日から年末年始休業だからね、とヴァッカリオは付け加えた。しかし、とまだ言い募ろうとするアポロニオを制して、ヴァッカリオは広げ終わったケーキの前にアポロニオを座らせた。
「で、お兄ちゃんはどれを食べるの?」
「……ヴァッカリオが先に選びなさい、お前が買ったものなのだから」
「えー? おいらから? どうしよっかな……」
さすがにこの状態でヴァッカリオにこれ以上説教をする気もアポロニオにはなくなったらしく、少しばかりため息を吐いた後に、ヴァッカリオに先に選ぶように言った。ヴァッカリオはニヤニヤと笑いながら、悩むフリをする。
実は、もうとっくに決めてある。アポロニオの好みから大いに外れた、大人向けのブランデーをたっぷり使ったあのケーキ。ビターが売りの、甘さより苦みとアルコールの香りを楽しむケーキだ。
「おいらはこれがいいな。お兄ちゃんは?」
「私は……」
そういいながら、アポロニオは迷ったように指をさまよわせる。その前に、ヴァッカリオはひょい、と手を出した。
「このケーキもおいらが貰おーっと」
「! そうか」
ヴァッカリオが確保したのは、一番小さく安い、アポロニオが最初に選んだケーキだ。きっとアポロニオは、このけーきを選ぶだろう、とヴァッカリオは確信していた。別にもう買ってしまったものなのだから、高くて大きくて、一番気になってたケーキを選べばいいのに。相変わらず、昔からの「ヴァッカリオの方に良いものを渡したい」という習慣はまだ抜けていないようだ。もうヴァッカリオはしっかり自立した大人の男だというのに。
「では……私はこれにしようかな」
「ああ、それ、美味しそうだよね。ねえお兄ちゃん、飲み物用意してくれる?」
「いいぞ! 何がいい?」
「甘いケーキだからレモンティーがいいな」
そのまま座らせてケーキを、となったらアポロニオはいたたまれなくなるだろう。だから、ヴァッカリオはあえて少しだけ手がかかるレモンティーをアポロニオにねだった。こうしてヴァッカリオの為に、と動き回っていれば、今覚えている謎の罪悪感(本当に、ヴァッカリオからしてみれば謎でしかない!もっとお兄ちゃんは好きにしていいのに!)も、多少は薄れるだろう。
「お兄ちゃん二つ目はどれにするの? まだまだ入るでしょ? せっかくお店のシェフが作ってくれたんだからさ、やっぱできる限り今日のうちに食べたいよね」
「それもそうだな……次は……」
ヴァッカリオに言われて、アポロニオは目を輝かせて、手元のケーキを味わいながらも、ケーキの山を眺めている。
師走の今日は、お兄ちゃんのためのおうちケーキバイキング! 今年も、良い年になったとヴァッカリオはアポロニオを見ながらケーキよりも甘い笑顔を浮かべていた。
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