ランニングシャツ……と思ったらキャミソールを着ているお兄ちゃん!!セールで安かったのを買ってしまったんだ……
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ヴァッカリオはぽかん、と口を開けたまま固まっていた。隣ではアポロニオが濡れたシャツをするりと脱いでいる。
「ヴァッカリオ、風邪をひくといけないからとりあえず脱いでおきなさい。タオルをすぐに持ってこよう」
「え、あ、うん……」
アポロニオと買い物の帰り道、突然の夕立に降られて慌てて走って(もちろん、アポロン区の速度制限は守っている!)帰宅したものの、バケツをひっくり返したような雨の量に勝てるわけもなく。二人ともすっかり全身びしょ濡れになってしまったのだった。そして玄関で水気を払いながら濡れた服を脱いで。
「……どうした、ヴァッカリオ?」
そうやって見上げて、不思議そうに聞いてくるアポロニオの上半身には。水色に白い紐の『キャミソール』がぴたりと張り付いていた。
ヴァッカリオは3回ぐらい目をごしごしと拭ったし、濡れて邪魔な前髪をかきあげて視界を確保したし……で、何回見直してもアポロニオはシンプルで可愛らしいキャミソールを着ていた。
「ええと……お兄ちゃん、どうしたの、その服」
「服?」
アポロニオはやっぱり不思議そうに首をひねって、自身の体を見下ろしている。何がおかしいのかわからない、と言った顔だ。ヴァッカリオは大変に言葉に困りに困り果てたのちに、豊富でもないボキャブラリーの中からなんとか「肌着」という古めかしい言葉を引っ張り出してきて、アポロニオに重ねて尋ねた。
「これか? これがどうかしたのか?」
「どうって……あー……うーんと……そう、お兄ちゃんにしては珍しいおしゃれだね、って。水色とかさ、青系ってあんまり着てるイメージなかったからさ」
「ああ、そういうことか。先日、衣料品店に行ったら在庫処分品として投げ売りされていてな。肌着なぞ消耗品だろうし、適当でいいだろうと思って買っておいたのだ」
「なるほど」
まるでなるほどではないなるほど。アポロニオはこれで満足しただろう、と言わんばかりに会話を打ち切って、部屋へ上がっていった。ヴァッカリオはその後ろ姿を何とも言えない顔で見ている。
「ヴァッカリオ、水滴は適当でいいから。早くあがってきなさい、風邪をひくぞ」
「う、うん」
水色のシンプルで可愛いキャミソールを着たお兄ちゃんが手招きをしている。別にヴァッカリオはアポロニオに女装してほしいわけじゃないし、アポロニオに女になって欲しいわけじゃない。だとしても、なんというか、あの、清廉潔白で、時に厳しいアポロニオが可愛いキャミソールを着ている。ちょっぴり乳首が透けている。
のそり、とヴァッカリオは廊下を歩いてアポロニオの後を追った。正直、今すぐ襲いたい。もちろん、性的な意味で。とてつもなくイケナイ興奮がヴァッカリオの股間を直撃している……ので、必死に心頭滅却と自分に言い聞かせながらディオニソスフォース所属のヒーロー達のヒーローナンバーを数え続けていた。
アポロニオからタオルを借りて、体を拭って服を着替える。ふと隣のアポロニオを見れば、今度はパステルピンクの可愛らしいキャミソールをするりと頭から被っていた。その場で押し倒さなかった自分に、意外と理性強いんだな、とヴァッカリオは一人感心する。
「お兄ちゃん……その服さあ」
「服……? ああ、このランニングシャツのことか? これは先ほどのシャツとセットで売られていたものだ。ピンク色はさすがに似合わないと思ったが、これがあると気づいたのが家に帰ってきてからでな……」
「ああ、まとめ買いだったんだ……へえーそうなんだー」
ヴァッカリオは思わず棒読みをした。目が完全に座っている。パステルピンクのキャミソールを着ているお兄ちゃんが、ヴァッカリオを見上げて恥ずかしそうにしながら秘密をこそこそと話してくれる。本能に理性がなぎ倒される時も近い。
「さすがに外では着るつもりはないが、まあ、お前の前ならいいかと思って」
「おっけーお兄ちゃんそれは襲ってくれのサインだね」
「?? 何を……何を!? ヴァッカリオ!?」
「任せて!」
理性は無事、本能になぎ倒された。ヴァッカリオはひょい、とアポロニオを担ぎ上げて寝室へと足を向ける。驚いたアポロニオがじたばたとヴァッカリオの肩の上で暴れるが、弟の剛腕はお兄ちゃんをしっかり抱き込んで離さない。
後日、アポロニオは安く買えたと喜んでいたランニングシャツもといキャミソールを古着に出そうとし……たところをヴァッカリオに見つかり、もったいない、いやこれはもう捨てる、と兄弟で言い争う姿があったという。
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