健康体になったヴァの食欲がもりもりすぎてお兄ちゃんの手料理を食べつくした挙句にまだおかわりを所望してきてお兄ちゃんがびっくりしながらも嬉しくなるヴァカアポ。
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アポロニオの手料理は絶品だ。基本的には、という注釈が付く。近年のアポロニオの手料理は絶品(ただしすべて甘い)とういう形に進化した。それでも、絶品なことに変わりはない。以前、仲直りとその他詫びも含めた手作り弁当を食べさせてもらったときは、そのあまりにも甘さに白目を剥いて悶絶しながら胃に押し込んだものだが……あれは、あれで、まあ。
その後もちょくちょく、アポロニオの手料理を食べさせてもらって、悶絶してきたヴァッカリオだったが。とある事件によってすっかり健康体になり、アポロニオと共に同居をするようになってから、一気に環境が変わった。
アポロニオの料理が甘くない。そう、いたって普通の味わいの、まさに「絶品料理」が食卓に並ぶようになったのだ。一品、二品程度は甘いものも確かにあるが。それでも、例の弁当ほど甘くはないし、何より、砂糖が混入していない料理の方が多いのだから、ヴァッカリオとしては嬉しい限りだ。
今日も、そんなアポロニオの料理をヴァッカリオはもりもりと口に運び入れている。
「そういえばさあ」
「なんだ?」
「前に比べると、料理、甘さ控えめになった?」
ふとヴァッカリオは気になって、アポロニオがショックを受けないように慎重に言葉を選んで尋ねてみた。甘さ控えめ、と言っても甘いものは相変わらず死ぬほど甘いのは間違いない。もしかしたら、自分が慣れてきただけかも……と一瞬、恐ろしいことがヴァッカリオの頭を過った。
アポロニオはヴァッカリオの顔をきょとん、とした表情で見た後に、恥ずかしそうに頬をかきながら口を開いた。
「……実は、前は……その、お前が好きなものを並べよう、という思いばかりが先行していてな……栄養バランスを二の次にしてたのだ」
「……そういわれてみれば、全部おいらの好物ばかりだったね」
大人になって味覚も変わって、好物、とは言い難いものも多かったが。それでも、思い返してみれば、アポロニオが作ってくれた料理はすべて、昔ヴァッカリオが「お兄ちゃん、これ好き!」と言ったものばかりだった。ハンバーグに甘口カレーゆでたまご付き、甘いクリームコロッケ、甘いかぼちゃのポタージュや油っこい鳥のから揚げ、焼き肉……。
今現在。ヴァッカリオの目の前に並べられた料理は、主品こそヴァッカリオが好きなハンバーグではあったが、それ以外は生野菜のサラダ、付け合わせのゆで野菜、そして、塩こしょうが効いたさっぱりしたオニオンスープ、ごろごろトマトがたっぷり入ったトマトソースパスタなどなど。どれもこれも、野菜を存分に使って砂糖や油、塩分を控えめにしているだろうことがよくわかった。
「ヴァッカリオ、前の方が良かったか? やはり、お前の好きなものを多めに……」
「あーまってまって」
今からでも何品か追加しようか、と慌てて立ち上がるアポロニオを、必死に引き留める。
「いいよ、このままで。おいらも前線に復帰したんだからさ、やっぱ栄養バランスには気を付けていかないといけないと思ってたし」
「……そうか」
アポロニオは困ったような、それでいて嬉しそうな微妙な苦笑いを顔に浮かべた。ヴァッカリオにお腹いっぱい好物を食べさせてやりたいという慈愛と、ディオニソスXIIとして立派に戦ってほしいと弟を誇らし気に思う気持ちと、複雑なのだろう。
ヴァッカリオはそんな兄の愛情を照れくさく思いながらも、素直に受け止め、気落ちしないようにフォローすることも忘れない。
「大丈夫だよ、お兄ちゃんのごはん、どれでもおいしいから全部好きだし」
「なんだ、そんな褒めても何も出ないぞ」
「事実なんだって。そういうわけでおかわりちょうだい」
空になったパスタ皿をアポロニオに渡す。アポロニオはそれを受け取って目をぱちくりした後に、今度は本当に心底困ったように眉を下げた。
「ヴァッカリオすまない、おかわりはないんだ」
「……え」
「いや、まさか、ここまで食べるとは思ってなくて……」
そう言われて、ヴァッカリオは気が付いた。食卓の上にあれほどこんもりと山になっていた料理が、ほとんどなくなっていることに。空になったお皿ばかりが並んでいる。
「量はいつもと変わらないか……少し、増やしたぐらいなんだが」
「え」
そんなに食べた覚えは……あった。ヴァッカリオはアポロニオの言い訳じみた言葉を聞きながら、指折り数えて夕飯で胃に入れたメニューを思い浮かべてみたが、確かに食べていた。
ヴァッカリオとしても健康体になってから食欲が増した自覚はあった。以前は食欲不振もあって、酒と塩だけで生きているようなものだったが、今はぺろりと一人前の食事を平らげることができている。健康っていいね、などと笑っていたのもつい最近のこと。そして、その呟きを耳にしたゾエルに「デブらねェように気をつけろよ」と混ぜっ返されたのも、つい最近のこと……。
ヴァッカリオは思わず、自分の腹を撫でる。大丈夫、まだシックスパックのままだ、ふにふに感は出ていない……と思う。
そんなヴァッカリオに気が付いたのか、アポロニオはくすくすと笑いを零した。
「安心しろヴァッカリオ。確かに、食べる量は増えただろうが、それ以上にディオニソスXIIとして活動する時間が増えたのだから消費カロリー量も増えているだろう?」
「んぐ。それはそうだけどさあ……っていうか、ぶっちゃけまだ腹六分目ぐらいなんだけど……」
「おお、そうか! だったらやはり何か追加で作ってやろう」
「ええ……食べ過ぎになりそう……」
ヴァッカリオは引きつった笑いを浮かべた。年頃の少女よろしく、食事量を減らしてダイエット!というわけでもないが、さすがにこの量は……。その葛藤を拾ったアポロニオがさらににこやかな笑みを浮かべる。
「……お前も、急な事だったから自分の事を把握できていないのではないか? 私の記憶によれば、お前はこれぐらいは平気で食べていたはずだぞ?」
その記憶って、おいらがまだ10代後半の育ち盛りの時でしょ、と言いかけてヴァッカリオはやめた。アポロニオがあまりにも楽しそうでいて、幸せそうな暖かい笑顔を浮かべていたからだ。そんなツッコミは野暮というものだろう。
まあ、実際のところ、ヴァッカリオの胃はまだ足りないとチクチク脳に訴えかけてきているし、アポロニオの絶品料理をもっと満腹になるまで食べたいと心の方も脳に全力で訴えを出している。つまり、作る側のアポロニオも、食べる側のヴァッカリオの肉体も精神も、全てが「おかわり!」を推奨しているわけだ。かろうじて拒否の姿勢を打ち出しているのが、ヴァッカリオの理性担当の脳みそだけ。
「さあヴァッカリオ、何がいい? 今から作るからそう大したものはできないが、リクエストはあるか?」
「あ、じゃあ鳥の照り焼きかから揚げ、それかベーコンと目玉焼きとか……」
「ハッハッハ、肉々しいものが欲しいのだな! から揚げは今からは難しいが……どれ、いくつか作ってやろう」
アポロニオは嬉しそうに大きな笑い声をあげてキッチンに消えていった。ヴァッカリオも食べ終わった皿をいくつか重ねて、兄の後を追うようにキッチンに持っていく。
キッチンに立ったアポロニオは鶏肉を一口サイズに切り分けていた。何回かヴァッカリオが食器の片づけで往復をしている間に、その鶏肉はあっという間にフライパンの上を転がって、ブラックペッパーとスパイスハーブで彩られて、気づけば皿の上に山となっている。アポロニオはその皿を隣に立っていたヴァッカリオに手渡した。
できあがったばかりの料理から立ち上る湯気とスパイシーな香り。ヴァッカリオの腹がぐう、と鳴った。
「食べていていいぞ。あとは目玉焼きと……そうだな、デザートのフルーツを増やすとするか」
食物繊維も必要だろうしな、とアポロニオは冷蔵庫の扉をパカパカ開いては何かを確認している。その後ろ姿に、ヴァッカリオは恐る恐る声をかけた。
「あのさ、お兄ちゃん……」
「ん? なんだ? まだ足りないのか?」
アポロニオは卵を二つ取り出して、鶏肉を焼いたフライパンをキッチンタオルで軽く拭いてから割り入れていた。フライパンに視線を向けたまま、ヴァッカリオに尋ねる。
「……あたり。あの、パンどれか食べていい?」
「いいに決まっているではないか! 食パンか? クロワッサンか? 好きに食べるといい」
じゃあ、とヴァッカリオはクロワッサンが積まれたバスケットを手に取った。本当は、明日の朝の分も含めてアポロニオが焼いておいたものだ。片手に焼き立てスパイシーチキン大盛りの皿、片手に焼き立てクロワッサン山積みのバスケット。それを持ったヴァッカリオをちらり、とアポロニオは見て、改めて破願する。
「ヴァッカリオ、我慢なんてしなくていいのだぞ? 好きなだけ食べるといい。……もし、食べ過ぎた時が来たら、お兄ちゃんがちゃんと言ってあげるから」
「ぐ……」
すっかり子供扱いされたヴァッカリオは喉を詰まらせたような声を上げたが、結局は「はあい」と大人しく返事をするのだった。
何しろ、やっぱりアポロニオお兄ちゃんの手料理は絶品だし、腹が満たされることは幸せだし、ヴァッカリオのために料理を作っている兄が最高に幸せそうだからだ。二人幸せなら、それでいい。
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