洗濯物畳み終わったその場で居眠り始めちゃったお兄ちゃんと、そんなお兄ちゃんを抱えて寝室まで運んであげて一緒にお昼寝するヴァッカリオのほのぼのヴァカアポ。
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夏の暑さも和らぎ、かなり過ごしやすくなってきたとある秋の日の午後。
しばらく、タブレット型端末で動画を見ることに夢中になっていたヴァッカリオは、タオルの山の向こうに見えるはずのアポロニオの頭が消えていることに気がついた。
先程までアポロニオが洗濯物を畳む音が規則正しく、静かなリビングにちょうど良い環境BGMとして流れていたはず。ヴァッカリオは静かに、物音を一切立てないように気をつけてそうっとタオルの山の向こうへ回り込んだ。
「……お兄ちゃん……寝てる?」
「ん……」
囁くように小さな声で頭をかくりと垂れたアポロニオに話しかける。返ってきたのは、寝息とも寝言とも取れる曖昧な音だった。洗濯物を畳む音から変わって、今度は規則正しいアポロニオの寝息がリビングにささやかな音量で流れている。
「こんなところで寝てたら体痛めるよ」
ヴァッカリオは苦笑しながらそう呟いた。もちろん、アポロニオを起こすつもりはないから、寝息の邪魔をしないぐらいに小さな声だ。
ソファの前にしゃがみこんでアポロニオの顔を覗き込む。穏やか、とは言い難い、なんとも言えない寝顔があった。まぶたがピクピクしているのは、半覚醒状態だからなのか、疲れが溜まっているからなのか。
「お兄ちゃん」
ヴァッカリオはもう一度、静かに、それでいて優しさに満ちた声音でアポロニオを呼んだ。アポロニオのまぶたはあがらなかったが、代わりに口元がひくひくと動く。……もしかしたら、ヴァッカリオ、と呼んでくれたのかもしれない。
ヴァッカリオはしばらく、アポロニオの寝顔を堪能した後、立ち上がった。そして、ゆっくりとアポロニオに手を伸ばす。
「昔、リビングで、うとうとしてたらよくお兄ちゃんか抱っこしてベッドまで運んでくれたよね」
懐かしいな、とヴァッカリオはアポロニオに聞こえるかどうかの音量で独り言を呟く。もしかしたらアポロニオに聞かせるつもりで言葉が滑り出たのかもしれない。アポロニオを起こさないように優しく伸ばした腕で、眠りこける兄を抱き上げた。
「んあ……?」
「お兄ちゃん、起きた?」
さすがに、宙に浮いた感覚で目が覚めたのか、アポロニオが気の抜けた声と共に顔を巡らせた。ヴァッカリオが驚かさないように、それでいて万が一暴れた時に落とさないように、アポロニオを抱きしめる。
「……ヴァッカリオ?」
「ん。お兄ちゃん、ソファでうとうとしてたからさ……寝室運んであげようと思って」
「! す、すまない、私としたことが……!」
案の定、ヴァッカリオの腕から抜け出そうとするアポロニオに、ヴァッカリオは少しだけ苦笑すると改めて強く抱え直した。
「いいよ、おいらも昼寝しようと思ってたからさ。そのまま一緒に寝よ?」
「しかし、夕飯の仕込みが……」
「あー、夕飯、遅くなってもいいし。それか、たまには外食もいいんじゃない? お兄ちゃん、最近残業ばっかりで疲れ溜まってるでしょ?」
アポロニオがうたた寝するとは珍しい。ということは、疲れが溜まっているのだろう。きっと、以前ならそれでも背筋を伸ばして周囲に疲れていると気づかれない振る舞いができていただろう。それが、ヴァッカリオと過ごす家の中では、リラックスできているのか時折、アポロニオの珍しい一面を晒してくれる。
こうしてうたた寝をすることもあれば大きな欠伸をしてみたり、眠そうに目をこすってみたり。疲れたと言わんばかりの大きなため息を吐くこともあれば、辛いことでもあったのかどんよりとしたオーラを纏いながらぼやっとテレビを見ていることもあった。
そんな兄の姿を見ることができて、ヴァッカリオは内心、喜んでいる。このような姿を見せてくれるのはヴァッカリオの事を信頼してくれているからで……そして、絶対、ヴァッカリオ以外の前では見せることはないだろう。ヴァッカリオだけに見せてくれる、アポロニオの気の抜けた姿だ。
腕の中のアポロニオをベッドの上に転がすと、ヴァッカリオもその隣に寝転んだ。起き上がって夕飯の仕込みに行こうとするアポロニオをやや強引に片腕で抱き寄せて、もう片手で毛布を肩まで掛ける。そのまま、寝かしつけるようにぽんぽんと手で軽く叩いた。
「おいらもさ、復帰してからこき使われて疲れちゃってんだよね~。だからたまには昼寝もいいかな、って。ねえ、お兄ちゃん添い寝してよ」
もっと寄って寄って、とヴァッカリオは及び腰な兄をさらに密着させて、足を絡ませた。アポロニオの子供のように高い体温が伝わってきて、涼しくなった秋の午睡にぴったりだ。さらに、アポロニオの頭部に鼻を埋めれば、太陽のような暖かくなる香りが漂ってくる。同じシャンプーを使っているはずなのに、不思議。
本当は、ヴァッカリオは眠くなんてなかった。最近は定時退社で兄の健康夕食を食べて早寝早起き、兄の健康朝食の超健康生活を送っている。健康体になった上に、さらにそのような超健康サポートを受けているのだから、以前のような不眠に悩まされることもない。圧倒的快眠の毎晩。そのような状態で、昼寝はする必要性があるわけもない。
しかし。そうやってヴァッカリオが起きていたら、きっとアポロニオも起きだしてきてしまうだろう。ヴァッカリオは、このお疲れ気味なお兄ちゃんを何とか寝かしつけたいのだ。
「……ヴァッカリオが、そういうのなら」
「やった! ちょっと寝るだけだから、夕飯は間に合うでしょ」
喜びの声を上げたヴァッカリオが、アポロニオも抱き枕のごとく抱きしめ直して、頭に頬ずりをする。アポロニオはくすぐったそうに肩を揺らして笑い、その鼻先がヴァッカリオの胸をくすぐってヴァッカリオも笑い声をあげた。
「じゃ、おやすみ、お兄ちゃん」
「ああ、おやすみ、ヴァッカリオ」
お互いに挨拶をして、目をつぶる。それから数分もしないうちに、ヴァッカリオが抱き込んだ兄からは静かな寝息が聞こえ始めた。やはり、睡眠が足りてなかったのだろう。起こさないようにそっと、ヴァッカリオはアポロニオの背を撫でる。
そうしているうちに……結局、ヴァッカリオも気づいたら眠ってしまっていた。まあ、暖かくていい匂いがするお兄ちゃん抱き枕を抱えていれば、眠くなくても眠くなるというものだ。仕方ない。
この日は二人揃って日が沈むまでぐっすりと昼寝をしてしまった。仕方なく、外食して……夜は目が冴えていたので、そのままとあるホテルになだれ込んで、スッキリするまで運動したのであった。
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