結婚したんだから「お兄ちゃん」呼びはおかしいのではないか……?ってぐるぐるするお兄ちゃんにじゃあって低音イケボでアポロニオって囁いてめっちゃディオモードで接するヴァカアポの話
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結婚して数か月が経ったある日。夕食の片づけを終え、リビングのソファに座ったアポロニオは寝そべって雑誌を読んでいるヴァッカリオをじっと見ていた。その視線に気づいたヴァッカリオが、「なに?」と声をかける。アポロニオは何度か口をぱくぱくさせた後、急に顔を引き締めた。その態度にただならぬものを感じ取ったヴァッカリオも、なんとなくソファに姿勢を正して座りなおす。
「実はだな……」
「うん」
「私たちは、もう結婚したのだろう? だとしたら、お前の『お兄ちゃん』呼びはおかしいのではないかと思っていたのだ」
「あー……」
アポロニオが言わんとしていることはわかる。結婚して、二人は夫婦という関係になった。おそらく、アポロニオは「兄弟から夫婦に変わった」と感じているのだろう。ヴァッカリオは、「兄弟という関係に夫婦という関係が加わった」と感じている。その微妙な差。ヴァッカリオにしてみれば、アポロニオのような疑念は一切持たなかった。だって自分たちは夫婦でありながら、兄弟でもあるから。
「え、じゃあこれからはお兄ちゃんのことアポロニオ、って呼べばいい?」
「っ……そ、それは、まあ、そう、なるな……」
アポロニオ、とヴァッカリオが言った瞬間、アポロニオはわかりやすく動揺した様子を見せた。それはもうわかりやすく、めちゃくちゃにわかりやすく。
ほほう、と目を光らせたヴァッカリオ。こほん、と一つ咳ばらいをして、もう一度「アポロニオ」と呼んだ。
「!!」
「……どうした、アポロニオ」
「い、いや、何でもない……」
「そうか? 顔が赤いぞ? 風邪でも引いたんじゃないか、アポロニオ」
手を伸ばして、兄の額に手のひらを充てる。アポロニオは肩を揺らして、固まっていた。ヴァッカリオはわざと体を寄せて、アポロニオに密着する。
「アポロニオ、大丈夫か?」
「うぅっ! だ、だ、大丈夫だ」
「本当か?」
ヴァッカリオはそっと額の手をアポロニオの後頭部へと回し、さらに自らの額をこつん、とくっつける。じ、とアポロニオの少年らしく丸くて大きな瞳をのぞき込む。その瞳は小さく揺れていて、その底に仄かにちらついている炎にヴァッカリオが気づかないわけもなく。
なんとなく面白くない気分になったヴァッカリオは、この遊びをやめることにした。アポロニオの形の良い耳を指先でくすぐりながら、たいそう低くたっぷりの色気を乗せた声で、吐息を吹きかけながら「アポロニオ」と囁いてやった。
「うわあああぁぁぁ!!!」
「うわっ!」
効果はてきめんで、アポロニオは素っ頓狂な声をあげてソファの上で座ったままジャンプをする。ヴァッカリオは慌てて身をのけぞらせたが、その瞬間にアポロニオはヴァッカリオから大きく距離をとって、室内の壁にべたりと張り付いていた。まるで幽霊にでも出会ったかのような逃げっぷりだ。
「もー、驚かさないでよ、いきなりどうしたのお兄ちゃん」
がらり、と声音を変えていつも通りの「お兄ちゃん」呼びに戻ったヴァッカリオに、アポロニオはほっと息を吐いた。露骨に安堵した様子に、ヴァッカリオもやれやれと内心でため息をつく。
アポロニオは恐る恐る、といった体でヴァッカリオの隣に戻ってきた。そして、咳ばらいをしてから恥ずかしそうに頬をかく。
「……やはり、いつもの『お兄ちゃん』呼びのほうが落ち着くな」
「そりゃね。三十年も呼び続けてるんだからいまさらでしょ。じゃ、これからも呼び方変えなくていいよね?」
「ああ、そうしてくれ。なんだかお前に『アポロニオ』と呼ばれると、他人行儀のように感じて落ち着かん」
持ち掛けたのはアポロニオであったのに、結局、落ち着かないの一言でこの件は終わりになったのであった。
「とはいえ、あんな目で見られたらねえ、呼び方封印しちゃうのはもったいないよね」
「?? 私はそんなに変な目でお前のことを見ていたのか?」
「うん、変じゃないけど、すごい目で見てたよ。……だからさ、今度、ベッドの中でたっぷり『アポロニオ』って呼んであげる」
「!!!」
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