映画を見に行くヴァカアポ。
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映画に行かないか、とアポロニオから差し出された二人分のチケット。そこに書かれた映画のタイトルがこれまた子供向けのアニメ映画で、ヴァッカリオは内心で嘆息した。子ども扱いにもほどがある。
「お兄ちゃん、さすがにおっさん二人でこの映画は……」
「む……やはりそうか……」
アポロニオは残念そうに言って、チケットをひっこめた。ヴァッカリオは慌てて読みかけの雑誌を放り投げてアポロニオに向き直る。あのヴァッカリオの都合をまともに聞かずに爆走暴走一直線なアポロニオが、こんな簡単に引き下がるなんて珍しすぎる。風邪でも弾いているのではないか。
肩を落としてチケットをゴミ箱に捨てようとするアポロニオの手を抑えて、顔を覗き込む。
「捨てるなんてせっかく取ったチケットがもったいないよ……っていうか、どうしたの、そのチケット。お兄ちゃんが買ってきたの? 誰かから貰った?」
「私が買ったもので間違いないぞ。昔、お前が見たいと言った映画のシリーズだ」
「あーそういえば」
夏休み恒例の。少年少女のための、アニメ映画だ。ヴァッカリオは気にも留めていなかったがそういえば自分が子供の頃にも上映していて、それから二十年が経った現在に至るまで毎年上映している長寿アニメの。
「……もしかして、昔、おいらが見たいって言ったけど、行けなかった映画?」
アポロニオはこくりと頷いた。その肩がどうにも、いつも以上に小さく見えて、ヴァッカリオは思わず天を仰ぐ。
ヴァッカリオが健康になってから、アポロニオは一緒にやりたい事を何百項目もリスト化して毎日毎日ニコニコと過ごしていた。そしてその内容が、10年の間の内容にとどまらずさらに昔の内容にまで及んでいるとヴァッカリオが知ったのは、最近のことだ。
ヴァッカリオが様々に傷ついて反省したのと同じように、アポロニオも大切な存在を失って新たな気付きを得て、反省したということらしい。
そんなアポロニオのわがままともいえる暴走に、ヴァッカリオは全て付き合ってきた。自我を殺し続けて、欲望の一つも口に出せないアポロニオが「ヴァッカリオ」をネタにして欲望を発散させるというなら、兄溺愛系弟としてはすべて対応して当然である。
「いやいいんだヴァッカリオ。私も、いくらなんでもお前がこの映画をいまだに見たいと思ってるとは……」
見るからに夏休みの子供向けだからな、とアポロニオは自嘲気味に笑う。いくらなんでも、と思いながらも、もしかしたらヴァッカリオが喜んでくれるかもしれない、と思って映画のチケットを購入してきたわけだ、アポロニオは。そんな純粋な好意を、どうして無下に扱うことができようか。
ヴァッカリオはうんうん唸った後に、閃いたといわんばかりに手をぽんと打つ。
「これは子供向けだから。とりあえず、おいら達には不要で。誰か……そうだ、ゾエルとかに譲ったらどう?」
「ゾエル女史か……そうか、そういえば、最近、ずいぶんと歳の離れた妹と仲直りしたと言っていたな?」
「うん。やっぱさ、ゾエルも仲良くしたい思いはあれど、どうやったらいいか悩んでるみたいでさ~」
これ、いい口実になると思うんだよね、とヴァッカリオは映画のチケットをアポロニオの手からそっと取り上げる。あんな、泣きそうな顔をしながら自ら用意したチケットをゴミ箱に捨てようとする姿なんて、二度と見たくない。
「それは名案だな! さすがヴァッカリオだ、捨てるよりよほど良い!」
「でしょ? だからこれはおいらからゾエルに渡しとくよ。……で、それはそれとして」
ヴァッカリオはチケットを雑誌の上に置いて、立ったままのアポロニオを抱き寄せた。アポロニオは大人しく引き寄せられ、ヴァッカリオの膝の上に倒れこむようにして抱きすくめられる。そのまま、ヴァッカリオが鼻先や頬に軽く啄むようなキスを落とすのに、先ほどの辛そうな表情から一転、幸福に満ちた笑みを浮かべた。
「どうした、急に甘えてきて」
「ん、だからさ。映画に一緒に行くっていうのはいいなって思ったから、新しく映画のチケット一緒に買わない?」
「ほう!」
アポロニオが機嫌よく顔を輝かせ、ヴァッカリオに向き直る。向き直るということはつまり、ヴァッカリオの膝の上に跨るわけだ。うーんお兄ちゃん、映画やめてラブホにしない? とヴァッカリオは思いつつ、ぐっと我慢をする。我慢強い男なのだ、ヴァッカリオは。兄に似て。
「お兄ちゃんが見たい映画とかなんかある?」
アポロニオを膝に抱えたまま、雑誌と一緒においてあったタブレットをヴァッカリオは操作した。最寄りの映画館の上映スケジュールを確認して、アポロニオにも見えるように画面を動かす。
「私は特に……あ」
「え、なに??」
突然の兄の間が抜けた声に、ヴァッカリオはずいぶんと興味をそそられて尋ね返した。あの趣味「ヴァッカリオ」なアポロニオが興味を示した映画とは、いったいどんなものなのか……。
「あー……その、だな」
「うん」
「こ、この、ピンク映画は……やめないか」
「!?」
顔を赤くしたアポロニオが指さす先には。大量の映画に紛れて、今日の深夜帯にぽつんと一作だけ。堂々たるマークは、R18。そう、ピンク映画、つまり、ドスケベエロ映画だ。
なるほどね。ヴァッカリオはうん、と頷いた。こんなにたくさんの映画がある中で、まっさきにそれに気づいてしまうだなんてお兄ちゃんったら本当に……本当に!
すいすいとヴァッカリオは端末を操作して、その映画のあらすじと内容をさくっと確認して、予約画面へと進む。
「!? まてまてまて! なぜ予約しようとしている!!」
「いや、お兄ちゃん興味あるみたいだし。見たいのかなって」
「私はそれ以外で、と言ったはずだが!?」
「大丈夫大丈夫、お兄ちゃんの事ならおいらが世界で一番詳しいからさ」
「何を言っている!」
膝の上で暴れだそうとするアポロニオを筋肉全開で抱きしめたヴァッカリオは無事にピンク映画の予約に成功した。顔を真っ赤にしたアポロニオが潤んだ瞳でヴァッカリオを睨みつけてくるが、それすら可愛いし興奮する材料にしかならない。何しろ、このピュアで清廉潔白なアポロニオに、ポルノ映画をたっぷり2時間見せつけるわけだ!
「さあお兄ちゃん、行く準備しようか。遅れたら大変だよ」
「今からでもキャンセルを……!」
「当日キャンセルはできませーん。ほら、映画デートなんだから、早めに行ってどっかで夕飯も食べようよ」
「ぐ……映画デート……」
……ピンクでドスケベでポルノな映画は恥ずかしくて嫌だが、ヴァッカリオとの映画デートはやりたいらしい。ああ、今日もアポロニオお兄ちゃんがこんなにも可愛い! 生きてて良かった!
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